本と読書をめぐる冒険


by silverspoonsjp
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ニューロマンサー/ウィリアム・ギブスン著

 ケイスは24歳。電脳空間<サイバースペース>デッキに脳を接続して、防御プログラムを鮮やかにかわし、データを盗む一流のカウボーイだった男。しかし、掟破りの代償として、彼は二度と電脳空間に戻れなくなっていた。いまや生ける屍となってチバ・シティの底辺を彷徨う彼に、電脳空間への復帰を餌として、危険な仕事が持ち込まれる。依頼人はアーミテジという男だが、その背後には…。
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 サイバーパンクSFの先がけにして金字塔、多くのSF映画は、いまだにこの小説の影響から逃れることはできていません。読みながらも、いかがわしげな未来の街角や電脳空間に没入<ジャック・イン>してしまいそうな感覚、猥雑なのにリリカルな描写、まさに麻薬的な魅力があります。
 そして、この邦訳。読みづらいところが面白いという、実に不思議な文章です。漢字とルビを駆使して、日本語の中に華麗なる仮想空間を展開しています。「冬寂<ウィンターミュート>」「迷光<ストレイライト>」「結線<ハードワイア>」など、字面を見ただけで面白そう。
 以下は、読み進めているうちに、ちょっと身震いしてしまったところ。

  少年は波打ちぎわで逆立ちし、笑い声をあげる。逆立ちのまま進んで、ぴょんと水辺から出る。眼はリヴィエラの眼だが、悪意はこもっていない。
 「悪魔を呼び出すには、そいつの名前を知らなくちゃいけない。人間が、昔、そういうふうに想像したんだけど、今や別の意味でそのとおり。わかってるだろ、ケイス。あんたの仕事はプログラムの名前を知ることだ。長い正式名。持ち主が隠そうとする名。真<まこと>の名―」
 「チューリング暗号<コード>はおまえの名前じゃない」
 「ニューロマンサー」
 と少年は、切れ長の灰色の眼を、昇る朝日に細め、
 「この細道が死者の地へとつながる。つまり、あんたが今いるところさ、お友だち」


 考えたこともなかったけど、確かにパスワードを使ってデータを呼び出すのと、真の名を呼んで悪魔を呼び出すという行為は一脈通じてるところがありますね。
 自分はいったい何者なのか、どこまでが自分といえるのか。普通の小説なら重すぎるテーマを、SFでは話の鍵として、ストーリーの中に織り込むことができます。電脳空間の中では、ケイスには肉体がありません。では、どこまでがケイスなのか?彼の感じる感覚とは誰のものなのか?
 メールやインターネットの世界に「身を置く」ことが可能になった今こそ、この作品で描かれている世界が、ようやく実感できるようになったのではないかと思います。

黒丸尚訳
ISBN 4-5-010672-X
文庫版 451p  早川文庫 1986年
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by silverspoonsjp | 2004-03-30 23:51 | センス・オブ・ワンダーの本