本と読書をめぐる冒険


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アウステルリッツ

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いつもは割合さっさと読んでしまうのですが、この本を読み終えるには時間がかかりました。タイトルが気になって手に取ったので中身については予備知識を持ち合わせていなかったのですけれども、今ちょうど興味を持っているプラハが舞台になっていたことも奇遇でしたし、平行して読んだ「魔法使いハウルと火の悪魔」とはウェールズつながりがあったことも面白い偶然でした。

アウステルリッツとは、この物語の主人公の名前であり、ナポレオンが戦ったチェコの古戦場の名でもあります。今存在する場所でありながら、過去を強く思いおこさせるこの言葉は、物語を象徴するキーワードともいえましょう。

アントワープ中央駅の待合室で「私」はドイツの英雄ジークフリートのように波打つ髪を持つ、不思議な旅行者を見かけます。彼は「私」に向かって、この駅の成り立ちについて話をはじめます。

大理石の階段ホールに鉄骨ガラス屋根のプラットホームというような、過去と未来を結びつけたそれ自体としては笑止なドゥラサンスリの折衷主義は、じつは、この新時代に現れるべくして現れた様式でした。それにこの様式のおかげで、とアウステルリッツは続けた。かつてローマのパンテオンで神々が人を見下ろしていたまさにその高みに、アントワープ駅では19世紀のいわば神々-鉱業、工業、交通、商業、資本といった神格が、その位階にふさわしい順序で並ぶことになったのです。……そうしてあらゆるシンボルのなかで、とアウステルリッツは語った。最も高い位置に鎮座しているのが、針と文字盤で表される時間なのです。

物語のはじめに登場する、この、皇帝の権力によって作られたアントワープ駅のエピソードは、終わりの方に登場する、大統領の名を冠して作られたオーステルリッツ=アウステルリッツ駅近くの図書館の話へとつながっている、という具合に、しっかりした構成に裏打ちされた物語でありながら、現在と過去を行き来する語り口はモノローグに近く、夢のような印象を読む者に与えます。あたかも装飾をほどこしたファサードが建築の骨格を覆い隠すように。

アウステルリッツ自身が歴史上の出来事によって受けた傷については、かなり具体的な形で繰り返し物語のなかに現れますが、にもかかわらず、どこか捕らえどころがない過去の幻影のようなのです。しかし過去はいつも現在によりそい、見えるものには見えている。

ときどき、こめかみと額に時の流れを感じるような思いがします、この街の底に積もってきた幾重もの層が、積年のうちに私の脳裏に作り出した意識の反射にすぎないのでしょうけれど。

訳文は端正で読みやすいです。表紙の不思議な少年の写真をはじめ、シュールレアリズム時代の小説のように添えられた白黒写真が、薄暮のような物語の雰囲気をいっそう深めています。

W.C.ゼーバルト
鈴木仁子訳
白水社 2003年
289 p  2200円
ISBN 4ー560ー04767-7
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by silverspoonsjp | 2004-12-01 00:23 | センス・オブ・ワンダーの本