本と読書をめぐる冒険


by silverspoonsjp
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ルーンの教科書

ちょっと仕事の都合で、ルーン碑文の写真を確認する必要に迫られたのですが、人に聞いたりネットで検索したりした結果、一番読むべき基本書、と推薦されていた『ルーン文字の世界 歴史 意味 解釈』は品切れ。基本図書を品切れにされたら困るんですが…。それで、同じ著者のこの本を注文してみました。

ちなみに、品切れというと、「ちょっと市場に商品がないだけ」という印象であまり深刻ではなさそうなニュアンスを感じますが、版元がこの言葉を使うときは限りなく「絶版」と同義です。

それはともかく、本が届いて分かったのは、これが上記の本の改訂新版だったってことでした。絶版にはなってなかったのは有難い限りですが、そうならそうと、どこかに告知するか(私が参照した時点では、版元のHPを見てもよく分からなかった)、書名を『改訂新版 ルーン文字の世界』にしていただきたかったです。旧版のタイトルをサブタイトルに使うのは、旧版を持っているお客さんを戸惑わせることになるので、個人的にはあまり感心いたしません(そういう本はたくさんありますけどね)。

で、せっかく買ったのですが本来の用途には時間的に間に合わず、でも中味は評判にたがわず面白い本でした。
しかも、あとがきにはこんな一文が…

「この「ルーン」という言葉は、今日の我が国でも若年層を中心に広く知られるようになったが、それは、ゲームや占いもそうだが、やはり数年前に(中略)大ヒットを飛ばした映画『ロード・オブ・ザ・リング』に負うところが大ではないだろうか。言語学者で大学教授でもあったトールキンは北欧神話やルーン文字について造詣も深く、そうした学問的知識を基に独自の空想世界を創り上げたが、これとは逆に、こうしたゲームや占いや映画を通じて「ルーン文字」の存在を知り、これに興味を覚えた方も少なくなかったにちがいない」

あらま、これはご明察…。確かに『LotR』を観れば「マザルブルの書」が読めれば面白いだろうなぁと思い、『ホビット』を見れば、エレボールの玉座の下に刻まれているあの文字は、いったい何て書いてあるんだろう、と釘づけになった方は多いはず。

これで解読に走るようになれば、それはオタクというよりは立派な専門家な訳ですが、当然そこまで行き着かないのでとりあえず飛ばして、この本の中身について。

本書の著者はラーシュ・マーグナル・エーノクセンというアイスランドの格闘技「グリーマ」の元チャンピオンだったという在野の研究者で、格闘技への関心から文字と文字の語る歴史を掘り起こす方へ興味を向けたという、ある意味、正統派の「オタクから専門家」ルートを極めた方といえます。

ですので、何かのきっかけで古文字に興味を持った人が何を知りたいか、というツボをしっかりと押さえてあり、それがこの本の最大の魅力です。

著者はルーン文字の来歴を語るにあたり、タキトゥスの『ゲルマーニア』に見える、ゲルマン人の占いの記述から始めます(これは西洋史の王道アプローチですが、胡散臭いとみられがちな事柄を解説するには効果的な滑り出し)。ゲルマン人は前途を占うとき、樹木の枝を切り取り、それに特殊な印を刻み付けて、白い布の上に放り投げる習慣があることが書かれているそうです。

タキトゥスはゲルマン人には書き言葉はない、とも記しているそうですが、中国の甲骨文字のように、占いと文字が何らかの関係を持つことを示唆しています。

続いて、北欧の古い文献に現れるルーン文字の情報、古北欧型ルーン文字そのものの解説(構造と音価)、ルーン文字の変化、碑文などが次々と紹介されていきます。

そのあと、ルーン文字を実際に解読できるように、特殊な綴り規則の解説があり、ヴィーキング時代の碑文の写真や中世のルーン写本などが図版つきで紹介されています。判型は普通の単行本サイズなのですが、きちんとスペースを使って図版を大きく載せているため、これらを見るためだけでも購入する価値があります。紙がいいのか印刷がいいのか、どの図版もとてもくっきりしていて、細部までよくわかります。しかも、大変贅沢なことにこの本は地味ながら2色ずりのため、写本の地は羊皮紙っぽく、ルーン文字はクッキリとした黒で、この手の図版に弱い読者を魅了すること間違いなしです。(こんなに凝ってて1,800円って、いったい何部刷ったんだろう…)

中世以降のルーン文字の研究史も大変興味深く、よろず文字に興味のある人には一読の価値があります。全国民を巻き込んだルーン研究っていうのもスゴイし、ルーン文字の研究で貴族になった人もスゴイですね。
ただ、呪術と縁が深い文字だっただけに、勝手な解釈も後を絶たなかったようです。あのナチスも、ルーン文字の神秘性と象徴性を最大限に利用したことが紹介されています。ドイツとルーン文字を結びつけるための勝手な解釈や、皆様もきっとご存じのナチ親衛隊のSS徽章、あれもルーン文字だそうです(言われてみれば…)。

専門用語をほとんど使用していないため、非常に気軽に読めます。専門家の方は物足りないかも知れませんが、概観をつかむにはうってつけの参考書だと思います。北欧に行く前に、この本でしっかり予習しておきたいですね!

ラーシュ・マーグナル・エーノクセン 著
荒川明久 訳
アルマット 発行
国際語学社 発売
1,800円  382ページ
 

[PR]
by silverspoonsjp | 2013-03-04 23:34 | 「指輪物語」関連の本