本と読書をめぐる冒険


by silverspoonsjp
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気づき。

さて、気になること第二弾。

これは前から気が付いてたんですが、教育関係のギョーカイ用語についてです。
「教務主任」?ではなくてですね、和語の動詞の連用形を名詞として使うって用法なんですよ。

例えばね。

生徒の自発的な「学び」を導く

「気づき」を促す

教師の「受け止め」が重要である

積極的な「声かけ」で防止する

…教育関係の雑誌を10ページもめくらないうちに、わんさと見つかります。

そりゃもちろん、「学びの場」というような言い方は前からあったし、日本語として間違ってるとは言えないのでしょうが、コーチングとか宗教とかの隣接分野は別として、あまり他のギョーカイでは聞かない用法じゃないでしょうか。それとも、特に気にならないですか?

生徒が自発的に学ぶよう指導する

発見を促す

受け止めてあげることが重要である

積極的に声をかけて防止する

じゃ、ダメ?

なぜこの用法がひっかかるか自問してみると、それはどうも、「 」内の言葉がマニュアル化して聞こえるというか、一連の手続きとして規定されていると感じてしまうからのようです。

例えば「声かけ」と「声をかける」を比べると、「声をかける」は教師が主体的にランダムに行動しているように感じますが、「声かけ」というと、何かマニュアルがあって手順が決まっているかのようです。

これが「問いかけ」であれば意味が確立していますが、「声かけ」は実体がわかりません。それなのに無理やり名詞にしたために、何か外部にはわからない内容があるように感じてしまうのです。

こんなことに拘るなんてヘンかな~?

あるいは、私が気が付いてない別の理由があってヘンに感じるのかしら…?
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by silverspoonsjp | 2006-06-07 23:43 | プチ日記