本と読書をめぐる冒険


by silverspoonsjp
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オススメSF その6 崩壊する現実-「ユービック」

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「ユービック」…奇妙なタイトルです。何か変な機械の名前か、人の名前かしら。地名かも知れない…と期待しながらページを繰ると、第一章の冒頭に、いきなり説明があります。

みなさん、一掃セールの時期となりました。当社では、無音、電動のユービック全車を、こんなに大幅に値引です。そうです、定価表はこの際うっちゃることにしました。そして-忘れないでください。当展示場にあるユービックはすべて、取扱い上の注意を守って使用された車ばかりです。

なーんだ、ユービックって車かぁ…。特別な機能があるのか、不思議な車なのかしら…ともあれ、思っていたより平凡な展開らしいとガッカリしつつ、本文を読み始めると、一行目から唐突に、太陽系最高のテレパス(読心能力者)が行方をくらましたという尋常ならざる事態から物語が展開します。

「不活性者」の反超能力を使って超能力者を押さえ込む会社を経営しているランシターにとって、超能力者の足取りが掴めなくなることは大いなる危機です。助言を仰ぐため、彼は妻の元へと赴くのですが…

と章が変わり、また短い「ユービック」の説明が始まります。

一番いいビールの注文のしかたは、ユービックとさけぶことです。よりぬきのホップと吟味された水を原料に、完全な風味をつけるためゆっくりと醸成されたユービックは、わが国最高の特選ビールです。クリーブランドでしか作られていません。

あ、あれ…?たった10ページかそこらで車がビールになってしまいました…これは一体…。

その瞬間、こちらは見事にディックの術中にはまっています。ページから忍び寄る悪夢の予感、しかし、あまりにも巧みな語り口に引き込まれ、続きを読まずにはいられません。恐るべし、フィリップ・K・ディック!

そして私たちは出し抜けに悟るのです。私たちはすでに「ユービック」という言葉を知っている!この発見によって、読み手はさらなる悪夢の中へ-いえ、夢の中で私たちは、これが夢かも知れないなんて考えたりしないのだから、自分が生きているかどうかすら疑っている主人公ジョー・チップの状態というのは、もっと救いようのない状態なのでしょう-引きずり込まれていきます。いや、違う。自分は同じ場所に座っているのに、場所が崩壊していくんだった。

最終章で、ユービックの正体すら実は知っていたのだと読み手を愕然とさせながらも、奇妙な慰めを与えて物語は終わります。

構成の巧みさ、読み手に与えるインパクトの大きさで言えば、「ブレードランナー」というタイトルで映画化されたディックの代表作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を超える作品ではないでしょうか。作者はこうして世界を作り、作られた世界は崩壊していく。私たちが属しているこの世界はどうやって作られたのかをシミュレーションしてみせるかのように。それが「ユービック」についての私の「読み」なのですが…。

なお、本書裏カバーについている作品紹介はネタバレではないのですが、読むと新鮮さが薄れるかもしれませんので、見ない方がいいかもしれません。

フィリップ・K・ディック著
浅倉久志訳
早川書房
ISBN415010314
長編

ハードSF度   ★★☆☆☆(「竜の卵」を★5とカウント)
ファンタジー度  ★☆☆☆☆ SF(サイエンス・フィクション)度 
個人的好み   ★★★★★★(一個おまけ)

〈お好きかも〉
とんでもない設定でも一応は読んでみようという、チャレンジ精神旺盛な方
フィリップ・K・ディックのファン
ミステリーやホラーのファンでもイケるかも知れない

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by silverspoonsjp | 2006-09-24 12:33 | センス・オブ・ワンダーの本