本と読書をめぐる冒険


by silverspoonsjp
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わたしを離さないで/カズオ・イシグロ

えっ、この本、SFなの?!と思った皆様。
残念ながら(笑)、この本はれっきとしたSFです。

著者のカズオ・イシグロといえば、「日の名残り」。
抑えた筆致の中に、豊かな情感が詰まった作品を書く作家で、
「わたしを離さないで」もそういった作品の一つです。

物語は、良くあるイギリス寄宿舎生活の体裁を取って始まります。
介護人キャシーは回想します。
親友だった仲良しのリーダー格の女の子ルーシー、
かんしゃく持ちの男の子だったトミーの思い出や、
エミリー先生を始めとする厳格な教師たちの言葉…。

繊細な筆致で少年少女時代を描いた、普通の文学としても十分通用する物語のところどころに、まるで地雷のように、見慣れない単語や奇妙な出来事が埋め込まれています。
そして-。

***
あらすじをこれ以上書いてしまうと、新鮮な驚きがなくなってしまうと思うので
ここまでにしておきますが、類似の作品と比べてしまったりしたせいもあって、
登場人物の行動に何ともいえないもどかしさを感じてしまいます。
SFとしては、失礼ながら使われているのはあまり斬新なアイデアでもないし。
作品解説が柴田元幸さんらしからぬ煮え切らない文章なので、
ますますそう思ってしまったのかもしれません。

しかし、考えてみれば、この何ともいえないもどかしさこそが、
イシグロ作品の特徴である「抑制」を作りだしているのであり、
そしてその「抑制」こそが、イギリス的、と我々外国の読者が捉える長所であり、
物語としての妙味なのでありましょう。

タイトルの「わたしを離さないで」とは、主人公のキャシーが大切にしていた、カセットテープの中の歌のタイトル。

“Never Let Me Go”は「決して私を行かせないで」だから「わたしを離さないで」なんですが、
日本語から考えると「離さない」は徹頭徹尾相手の行為なのに、英語は「私が行くことをさせない」なので、意味は同じでも切実さが違うような気がします。

訳文は格調が高く、自然な日本語です。

土屋政雄訳
早川書房 1800円
4152087196

あらすじがわかっても良い方は



******

以下、作品の内容に触れています。

******














SFが好きな方なら、あちこちにばらまかれたヒントを手がかりに、半分も読まないうちに、これが何について書かれた話かわかってしまうでしょう。ミステリー(?)としては出来が悪い作品です(作者は、もちろんミステリーとして書いたつもりなんかないでしょうけど)。

問題は、クローンを扱った話としては今やあまりにも陳腐すぎる展開なのをどう考えるかです。臓器提供のために養成されたクローンが、自分の残酷な運命を知るという基本ストーリーは、ごく最近では映画「アイランド」、日本のコミックでは「輝夜姫」が扱っています。そして、この類似2作品はいずれも、運命を知った主人公であるクローンが、どのように運命に立ち向かうかを描いています。

アイデア勝負のお話ならば、類似の作品が2点ある時点ですでにアウトでしょうが、この「わたしを離さないで」は幸い(というべきでしょうね)そういう話ではありません。

臓器を提供をするために作られ、自分自身の人生などは存在しない運命だと聞かされても、それを静かに受け入れる子供たち。そんな彼らの境遇を憐れみ、少しでも良い教育を受けさせ、保護しようとした「ヘールシャム」という施設と、その施設に関わった「善意ある」人々(しかし彼らは、子供たちを解放しようとは夢にも考えていない)。そして、ヘールシャム出身であることを羨む、別の施設出身の提供者たち…。

この構図はやがて来るかもしれないクローン社会への警鐘なのでしょうか?クローンの倫理的責任を問う作品なのでしょうか?

試みに、幾つかの単語を取り替えてみれば、まったく別の出来事にも当てはまるような気がしませんか?クローンという衝撃的な題材を扱いながら、自分には関係ない絵空事とは思えないのは、丁寧なディテール描写によるものでもあるし、実は普遍的な社会の仕組み、ごく普通の人生について語っているからだと私は読みました。
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Tracked from 表参道 high&low at 2006-11-02 22:58
タイトル : わたしを離さないで カズオ・イシグロ
「わたしを離さないで」は読み終わったばかりでは上手く感想を語れない作品です。 「衝撃がある」と帯には書いてありますが、ミステリー小説のように最後に「衝撃の結末」がある訳ではありません。 主人公のキャシーが回顧する途中で読者にも正常ではない世界に彼女や友人がいる事は明らかにされていますので。 って私の文章もカズオ・イシグロ調になってしまっていますが。「日の名残り」でも感じた女性の視点での語り口は妙に落着いており、普段見逃しがちな葛藤や罪悪感など心の隙に入ってくるモノは素晴らしいの一言でしか表現できません...... more
Commented by elfarran_in at 2006-10-24 08:41
“日の名残り”は、あまりに素晴らしかったので映画も見たい・・・
(A・ホプキンスであっても)と思った作品なのですが、未だ映像
デビューは果たせていませんが^^;あの文体でSF・・・これぞ
直ぐに熱帯雨林にGO!GO!っすね♪ところで・・・上のバトン・・・
持って帰らなきゃダメですか?ダメですね?(T_T)くっすん。
SFバトンも未だなのに~あぁ~未だなのにぃ~♪あ、ホレ♪
Commented by ゆきみ at 2006-10-26 00:00 x
こんばんは~
面白そうですね。早速図書館に問い合わせてみます。
「老後の楽しみ」にSFを取っておいているのですが、そろそろ手をつけ始めないと間に合わなくなりそうです。
銀の匙さんのコメントから勝手に「9年目の魔法」的な回想や、入れ子式に絡んでいく物語などを妄想してしまいました。

ところで"Never Let Me Go"っていう表現は、ジャック・ブレルの"Ne me quitte pas"の英語タイトルにも使われていました。同じ歌かしら。
日本語訳は「行かないで」でした。

上のバトン「萌え」にご指名いただきましてありがとうございました。
私なんて、まだまだですのに…あぅぅ
Commented by 銀の匙 at 2006-10-27 00:09 x
☆エルさん
この話、他にも似た話がいくつかあるので、あんたSFを甘く見たわね…と少し腹立たしかったのですが、最後まで読み終えてみると、SFの体裁をしてるだけで徹頭徹尾ジャンルはイシグロです(笑 だから、「日の名残り」ファンには強烈にオススメしておきます。

バトンはどうぞごゆっくり~。バトンがいちまい、にまい…
Commented by 銀の匙 at 2006-10-27 00:27 x
☆ゆきみさん
SFが「老後の楽しみ」ですか…(地下爆
SFといえばお子様向けという悪罵に甘んじてきた身には新鮮なお言葉、ありがとうございます。

エルさんへのコメントにも書かせて頂いた通り、この本は小説としての仕掛け自体はすぐにタネが割れるというか、ポストモダン小説的な「小説構造自体の面白さ」や、ファンタジーに良くある「語り口の面白さ」はないんですが、とにかくどこまでもイシグロなんです(←そればっかり)オレについてきて下さいませんか、って感じ?

>Never Let Me Go"っていう表現
フランス語の意味がわからないので、英訳が正しいかどうかはわかりませんが、「行かないで」だけだと明らかに誤訳です。

この前に(私を置いて)を足して「私を置いて行かないで」なら、まだわかりますが…。なぜかというと「行かないで」で「行く」のは「あなた」ですが、let はここでは使役で、「me」を行かせる訳ですから、離れていくのはあくまでも「me」の方なんです。

ちなみに、LotRでサムがフロドに「手を離さないで」というセリフがありますが、そこは確か「Don’t let go」でした。
Commented by ゆきみ at 2006-10-28 00:38 x
おぉ、そうですね、「私」が行ってしまうのですね。
今、ちゃんと調べたら英語のタイトルは「If You Go Away」でした。全然違うじゃないのっっ。
大変失礼しました。
Commented by silverspoonsjp at 2006-10-29 00:40
☆ゆきみさん
おおっ、わざわざご調査いただいてありがとうございます。なるほど、それならわかります(でも、タイトルだけだと「あなたが行ってしまったら」だけど…歌詞の中に「行ってしまったらイヤっ!」(そんな乱暴な歌じゃないと思うけど)という含みがあるんでしょうね。
by silverspoonsjp | 2006-10-22 21:27 | センス・オブ・ワンダーの本 | Trackback(1) | Comments(6)