おすすめSF その9 来たるべきでない未来-「クローム襲撃」
2006年 11月 03日
サイバーパンクといえば、やたら訳語にルビがついている話…と思っていたので、数人の訳者が分担した、ルビ控えめな(!)この短編集を読むと、まるで別人の作品集のようです(笑)。
私の個人的な好みからいうと、浅倉久志さんの訳文が一番読みやすいせいか、浅倉さんが訳した「辺境」「ニュー・ローズ・ホテル」「冬のマーケット」が好きなんですが、特に「ニュー・ローズ・ホテル」はまるっきりハードボイルド文体で訳されているせいか、同じ作者の作品とは思えません。とはいえ、この本を最後まで読んでみると、巻頭の黒丸尚さん訳「記憶屋ジョニイ」のワケわからんぞサイバーパンクな訳文が懐かしくなったりします。これがきっと中毒症状というものなのでしょう(爆。
ということで、原著“Burning Chrome”は遠くなりにけり、もう20年以上前の作品ではあっても、収録作品「ガーンズバック連続体」に描かれた世界よろしく、古びることもなく、色あせることもなく、再読に耐える小説だと思います。
電脳世界に自らを没入させる「サイバーパンク」な設定はなくとも、ギブスンの作品らしい、孤独な主人公たちが点在する寂しげな風景は、秋に読むにふさわしいのではないかと思います。
たとえば、「辺境 Hinterlands」。
〈ハイウエー〉と呼ばれる、謎の空間へ入った者たちは、第一号のオルガを初め、みな精神に異常を来たして帰還します。彼らを世話する〈代理〉である、主人公トビーの感慨-
オルガは、どこをどうしてか、この成り行きを見通していたにちがいない。そこまで見ぬいていたにちがいない。オルガはあそこへの道を、自分がいた場所への道を、われわれに知らせまいとした。もしわれわれがそれを見つけたら、行かずにはいられなくなるのを知っていたんだ。いまでさえ、あれだけのことを知りながらも、まだおれは行きたくてたまらない。けっして行けることはないのに。
たとえば、「冬のマーケット The Winter Market」。
自分が何をしたいのか、つねに知っている女、リーゼ。彼女の思考から生まれたゲーム「眠りの王」は三百万コピーを売る大ヒットとなります。編集に携わったケイシーの思い-。
これまで何万人の、いや、ひょっとしたら何百万人の驚異的なアーティストが、ここ何世紀のあいだに、沈黙の中で死んでいったのだろう、と思わず考えたくなる。彼らはどうころんでも詩人や、画家や、サックス奏者にはなれないが、自分の中にこの才能、この精神的な波形をかかえていて、あとはそれをとりだしてくれる回路さえあればよかったのだ…と。
ご覧の通り、この人の書く文章には、薄暮から夜にかけて、地下のライブハウスに沈んでいく歌声のような、独特の雰囲気があります。ロックでいうとヴェルヴェット・アンダーグラウンドの曲を思い出すなあと思ったら、ルー・リードが好きだと解説にあったので、なるほどねと思いました。
ウィリアム・ギブスン著
浅倉久志 他 訳
早川文庫
短編
ハードSF度 ☆☆☆☆☆(「竜の卵」を★5とカウント)
ファンタジー度 ☆☆☆☆☆
個人的好み ★★★★★
〈お好きかも〉
三度のメシよりサイバーパンクな方
やっぱりルビが好きな方
ギブスンのファン
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私の個人的な好みからいうと、浅倉久志さんの訳文が一番読みやすいせいか、浅倉さんが訳した「辺境」「ニュー・ローズ・ホテル」「冬のマーケット」が好きなんですが、特に「ニュー・ローズ・ホテル」はまるっきりハードボイルド文体で訳されているせいか、同じ作者の作品とは思えません。とはいえ、この本を最後まで読んでみると、巻頭の黒丸尚さん訳「記憶屋ジョニイ」のワケわからんぞサイバーパンクな訳文が懐かしくなったりします。これがきっと中毒症状というものなのでしょう(爆。
ということで、原著“Burning Chrome”は遠くなりにけり、もう20年以上前の作品ではあっても、収録作品「ガーンズバック連続体」に描かれた世界よろしく、古びることもなく、色あせることもなく、再読に耐える小説だと思います。
電脳世界に自らを没入させる「サイバーパンク」な設定はなくとも、ギブスンの作品らしい、孤独な主人公たちが点在する寂しげな風景は、秋に読むにふさわしいのではないかと思います。
たとえば、「辺境 Hinterlands」。
〈ハイウエー〉と呼ばれる、謎の空間へ入った者たちは、第一号のオルガを初め、みな精神に異常を来たして帰還します。彼らを世話する〈代理〉である、主人公トビーの感慨-
オルガは、どこをどうしてか、この成り行きを見通していたにちがいない。そこまで見ぬいていたにちがいない。オルガはあそこへの道を、自分がいた場所への道を、われわれに知らせまいとした。もしわれわれがそれを見つけたら、行かずにはいられなくなるのを知っていたんだ。いまでさえ、あれだけのことを知りながらも、まだおれは行きたくてたまらない。けっして行けることはないのに。
たとえば、「冬のマーケット The Winter Market」。
自分が何をしたいのか、つねに知っている女、リーゼ。彼女の思考から生まれたゲーム「眠りの王」は三百万コピーを売る大ヒットとなります。編集に携わったケイシーの思い-。
これまで何万人の、いや、ひょっとしたら何百万人の驚異的なアーティストが、ここ何世紀のあいだに、沈黙の中で死んでいったのだろう、と思わず考えたくなる。彼らはどうころんでも詩人や、画家や、サックス奏者にはなれないが、自分の中にこの才能、この精神的な波形をかかえていて、あとはそれをとりだしてくれる回路さえあればよかったのだ…と。
ご覧の通り、この人の書く文章には、薄暮から夜にかけて、地下のライブハウスに沈んでいく歌声のような、独特の雰囲気があります。ロックでいうとヴェルヴェット・アンダーグラウンドの曲を思い出すなあと思ったら、ルー・リードが好きだと解説にあったので、なるほどねと思いました。
ウィリアム・ギブスン著
浅倉久志 他 訳
早川文庫
短編
ハードSF度 ☆☆☆☆☆(「竜の卵」を★5とカウント)
ファンタジー度 ☆☆☆☆☆
個人的好み ★★★★★
〈お好きかも〉
三度のメシよりサイバーパンクな方
やっぱりルビが好きな方
ギブスンのファン
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by silverspoonsjp
| 2006-11-03 23:51
| センス・オブ・ワンダーの本