本と読書をめぐる冒険


by silverspoonsjp
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オススメSF その10 過ぎたるはなお…なのか?「キリンヤガ」

今回は、SFとしてはかなりの異色作。

いちおう、プロローグからエピローグまで一つのまとまったストーリーになっているのですが、各章が短編として発表されているため独立しています。お話は毎回、アフリカの部族・キクユ族に伝わる寓話から始まり、とても易しい語り口なので、軽い気持ちでひょいひょい読めてしまいます。

キクユ族は、ケニアの国民として現代的な生活を享受しているのですが、民族文化は絶滅の危機に瀕していました。ヨーロッパ風の服を着て、ヨーロッパの機械に囲まれ、ヨーロッパの宗教を奉ずる「えせヨーロッパ人」に成り下がった同胞を救おうと、キクユ族たちは「キリンヤガ」という、一つの理想郷を作り上げます。

そこでは人々は伝統的な価値観に従って、昔ながらの暮らしを守り、自然のままに、他の文明に汚染されていない純粋なキクユ族として生活しています。

しかし、いかなユートピアとはいえ、人のいるところには争いもあり、困った出来事も起こります。そんなとき、村の長老にして畏敬の対象であるムンドゥムグ(祈祷師)、コリバが、叡智によってそれを鎮めていくのですが…。

文明に侵されていない知恵ある人々の話というと、「パパラギ」とか、「カスタネダ」シリーズあたりを連想しますが、この物語にも似たような箇所があります。たとえば、人々に害をなすハイエナを退治しようとして、コリバの制止も聞かず、村人たちは外の世界から狩人を呼び寄せてしまいます。しかし、コリバが予想したとおり、ハイエナよりも狩人の方が、始末に負えない害悪だったのです。彼を体よく追い払い、平和な村を取り戻そうとするコリバの知恵とは…とか。

え、全然SFじゃないじゃん…とお思いでしょうが、「キリンヤガ」の世界はもはや地球上には作れず、テラフォーミングした小惑星上に設置されているのです。この世界は〈保全局〉と、コリバの努力によって、外部世界の干渉を受けないよう慎重にコントロールされていますが、なじめないものは、宙港からよその世界へ出て行くことができます。

いつでも外部世界と接触できる可能性を持っていながら、ある文明を元の姿のままに保っておくことができるのか…SFならではの壮大な実験が始まります。

さて、人々が宇宙に行く時代に、昔ながらの生活をするというのは、生半可な決意ではできません。昔ながらの掟に従うということは、病気になっても頼れるは薬草と祈祷だけ、雨乞いには生け贄を捧げ、生まれた赤ん坊も必要とあらば殺してしまうということです。干渉しないと約束している〈保全局〉さえ、生まれた赤ん坊を殺すのは残酷だ、他にも方法はあるはずだ、と使者を送ってよこします。

しかし、コリバは頑として干渉を拒否します。彼はこの世界ではただ一人、キクユの文化も知り、直接ヨーロッパに留学もしている人物です。原始的な状態におかれている同胞と違って、コンピュータを通じて〈保全局〉とコンタクトを取り、データベースにアクセスしたり、惑星の気候を変えたりできる権限を持っています。

この世界はすべて微妙なバランスの上になりたっている。長いキクユの歴史が決めた掟にあることは、必ず何か意味があることなのです。ある一部分だけと思って変えてしまえば、全てが狂ってしまう。

彼のそんな論理は、「文明化」された使者には理解不可能でした。しかし、結局は不干渉の原則が勝ち、赤ん坊は殺されてしまいます。

「えせヨーロッパ人」の末裔たる現代日本人として、最初のうちはコリバと一体化して、こんな難問にぶつかったらどうするだろう、と楽しんでいたんですが、作者レズニックは、そんな、のほほんとした状態に読者を安住させてはくれません。

たとえば、キクユの掟によれば、女は文字の読み書きを習ったりしてはいけないし、あれこれと制約があります。こちらはたちまち21世紀の現実に引き戻され、今でさえ不自由なのにキリンヤガなんて…とコリバを非難する側に回ってしまいます。彼の求めるユートピアの栄光は消え失せ、ディストピアの影がちらつき始めます。

いや、ちょっと待て。

コリバは人々に話すとき、いつも寓話を使います。聞く人が正しくその意味を受け取っているかどうか、確かめながら。

では、さっきまでの読み方は?「キリンヤガ」の受け取り方としては違うのかもしれない。

一人だけが真実を知り、他を善導していく社会が理想の社会なのか。
もっと知りたいと思うことは罪なのか。
誰かにとってのユートピアが誰かにとってのディストピアとしたら、全員にとってのユートピアはあり得るのか。
ユートピア社会が到来したら、あとは永遠に変わらないのを願うことが良いことなのか…

単純なお話のようなのに、いつまでも疑問は尽きません。ヒューゴー賞、ローカス賞2冠も納得の名作です。あ、念のために付け足しますが、作者レズニックはシカゴ生まれのアメリカ人です。

マイク・レズニック著
内田昌之 訳
早川文庫

長編(シリーズものの短編を集めたもの)
ハードSF度   ☆☆☆☆☆(「竜の卵」を★5とカウント)
ファンタジー度  ★★★☆☆  
個人的好み   ★★★☆☆

〈お好きかも〉
民間伝承に興味のある方
ユートピアもののファンの方
「オリエンタリズム」とか文明論がお好きな方

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by silverspoonsjp | 2006-11-05 23:54 | センス・オブ・ワンダーの本