本と読書をめぐる冒険


by silverspoonsjp
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ロード・オブ・ザ・活版印刷

 活字中毒などと言いますが、ここ10年以内に出版されたものなら、組版はまず間違いなく活字ではなくコンピュータで、印刷は活版ではなくオフセットだと思います。(余談ですが、活字は鉛で出来てるので、中毒したら、大ごとです(^ ^)
 90年代の半ば、とある印刷工場が活版部門を閉鎖することになり、なくなる前にと見学に行ったことがあります。とか言って、『銀河鉄道の夜』でジョバンニが活字を拾うシーンがあるので、どういう風にやってるのか見たかったというのがホンネでした。ミーハ―ですいません(^^ゞ

 その工場は精興社といい、ここが組んだ本なら間違いないと「神」に等しいリスペクトを受けている印刷所と知ったのは、後のこと。まさに活版印刷の王、ロード・オブ・ザ・活版印刷だったのです。 
 なぜそこまでの尊敬を受けたのか不思議でしたが、本日その秘密の一端を知る講演会があったので、ご報告いたしましょう。
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 印刷所が位置する東京・青梅市の教育委員会には立派な方がいて、ここの技術を記録しないのは惜しいと、明星大学の森啓先生に、調査研究を依頼しました。成果は『活版印刷技術調査報告書』にまとめられ、日本出版学会の特別賞を受賞したのです。記念講演会では、記録ビデオも流れ、活版印刷の、気の遠くなるような手仕事ぶりが公開されたわけです。

 どのくらい大変かは、まず、毎回の作業が印刷に使う活字を作る工程から始まる、というところからご想像ください。精興社はシャープな版面を作るため、活字は1回ごとの使い捨て(材料はリサイクル)でした。だから、1冊作るたびに、必要な活字を鋳造しなくちゃいけなかったわけです。

 ちなみに、ここは精興社書体という独自の書体を持っています。特に、ひらがな・かたかなは、少し平体のかかった、品のある美しい書体で、エッジが利いています。
 さて、作った活字はスダレケースというタテに仕切りのある箱に文字ごとに収められ、文選(もんせん)工が原稿通りに拾って箱に入れます。ジョバンニがやってたバイトはきっとこれでしょう。原稿1行ごとにセッテンという仕切り板を入れて押さえます。1分に20~30字ほど拾うそうです。

 次に、組み方の指定に合わせて植字台でページの体裁に組まれます。罫線なども、パソコンだったらピッとカーソルを動かすだけですが、活字だと罫線用の長い板を使います。字間は込め物をして空けます。三方が木枠で出来た箱(ギャレイ。これが「ゲラ」になったとか)に詰めて括り、校正刷(ゲラ刷り)を刷ります。通常、このとき使った活字はまた使いまわされますが、精興社はそれをしなかったため、活字がシャープでにじみがなく、紙面がきれいなのだそうです。

 この段階で校正です。精興社がユニークだったのは、ここで「内校」(うちこう)といって、
専門の職員が、原稿と付け合せてチェックする工程があったことだそうです(普通、校正は出版社の仕事)。このチェックが大変厳しかったとか。
 間違いを直して、紙型(しけい)の作業。4ページを1単位にして、柔らかい紙をのせてプレスします。これで、紙の上にページ単位の凹型が取れます。なぜか紙で型を取るんですね。そこに活字と同じ地金(鉛、すず、アンチモンの合金)を流し込んで、凸型を取るのです。

 できあがった凸型の版は高さが均一になるよう、裏面もきれいに磨き、行間の隙間も印刷の邪魔にならないよう薄く削ります。
 この段階で、文字に間違いが見つかると、そこだけ削って象眼します。間違えたら何度でも直しちゃう今の印刷とは覚悟が違いますね。
 できあがった版を並べて行きます。試し刷りをして、刷りムラがないよう調整するのですが、この「ムラとり」という作業こそ職人芸の真髄。とにかく自分が納得するまで作業するのだそうです。こうして版が整うと、いよいよ印刷。1時間に3000枚は刷れたといいます。
 ビデオを見ていると、働く人一人一人のクラフトマンシップに尊敬の念を覚えると同時に、日ごろのちゃらんぽらんな自分の仕事ぶりを振り返り、反省しきりでした。
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 この工場にマニュアルは存在しません。働く人が自分で考え、技を磨いて仕事をしてきたのです。そして、美しい紙面で刷ってもらいたいと、すぐれた内容の本の印刷依頼が来たそうです。入れ物としての紙面と、内容との見事なコラボレーション。それが、活版印刷の王の秘密だったのでしょう。
 ちなみに、日本出版学会の講演会は、参加費を払えば非会員でも参加できます。詳しくはこちらのHPからどうぞ。「日本出版学会」
  
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by silverspoonsjp | 2004-03-24 18:05 | 本にまつわるエトセトラ | Trackback | Comments(0)