本と読書をめぐる冒険


by silverspoonsjp
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カテゴリ:人文科学の本( 15 )

砂糖のイスラーム生活史

やっと書斎に帰って参りました(←休みもないのに一体どこから…?;)。
もろもろ放置で申し訳ございません。本は結構たくさん読んでたんですが、たぶん、ここのところ私が読んでた本は、ご興味のある方も少ないのではないかと(「イブラヒム、日本への旅」とか、どうでしょう…?)

これからご紹介する本も、普通に読んで面白いという本とはちょっと違うと思いますが、とある話題の「番外編」ということで、お付き合いくださいませ。

内容は読んでタイトルのごとしでございまして(ここまで名が体を表す本も珍しい)、イスラム世界の生活と、砂糖とのかかわりを記した本です。

イスラム圏に旅行された方ならお気づきかと思いますが、向こうのお菓子ってものすごく甘くありません?
左党がいないので皆が甘党なのか、その辺の因果関係はよくわかりませんが、むくつけきヒゲのおっさんが蜜づけのお菓子を嬉しげにつまんでいる図はなかなか微笑ましいものがございます。

この本におっさんとお菓子の関係については書いてないんですけど、ラマダーン月に断食をした後、すばやく体力を回復するため甘いものを食べる習慣がある、ということは書いてあるので、その辺は多少関係あるのかも知れません。

断食の月には、スルタンが砂糖で人形や宮殿などを作らせ、市場を巡回させたという11世紀の記録もあるそうで、砂糖が貴重だったころにはおっさんばかりでなく権力とも関係があったのです。

それにしても、ゾロアスター教の本を読んだときや上記の「イブラヒム…」を読んだときも思ったんですけど、イスラム諸国は一つの世界としてつながっていて、物や人や知識が結構ダイナミックに移動するみたいですね。本書はアラビア語史料を使って書かれているのが一つの特色で、北イラクに生まれた商人がエジプト、マグリブ、アンダルシアまで旅して書いた地理書(大地の形態)なんかが文献として挙げられています。

地理書のタイトルも、「世界を深く知ることを望む者の慰みの書」だって。

原書でどんなニュアンスなのかはわかりません。まあ、普通は、そう簡単には住んでる土地を離れられないでしょうから、そういう含みもあるのかしら……。

というわけで、イスラム世界ではどんな風に砂糖を栽培してたかとか、どう使ってたかとか、どんな薬効があると思われてたかとか(「目に効く」らしい…)、砂糖一つとってみても、いろいろ見えてくるのが面白い訳ですが、この本を手に取った個人的な理由は、なんと、先日来追求している(?)テーマなのでございます。

それは「ゲニザ」(ユダヤの教会にある、古い文書を保管しておく部屋)。

イスラムとゲニザ(ゲニーザ)と、何の関係があるのでしょうか?

答えは、本書の第4章、「砂糖商人の盛衰」にあります。ベニスの商人の昔から、目端の利く商売人といえば、それはユダヤ人。当然、ユダヤの砂糖商人はイスラム世界でも大活躍なのであります。

その裏付けとなるのがカイロで見つかったゲニザの文書。
10世紀から13世紀までの契約文書や家の系譜、裁判記録、物価の報告、商品の買い入れなどさまざまな内容でカイロ・ゲニザ文書として知られ、散逸したもの以外はケンブリッジに集められ、テイラー・シェヒター・コレクションとして伝えられてきました。

この文書を使って、ゴイテインという学者がイスラーム社会におけるユダヤ教徒の歴史的役割を考察し、「地中海社会」という六巻本にまとめた、とあります。ちょうどこの文書の集まった時期は、文化の中心がイスラム圏からキリスト教圏に移っていった時期にあたるので、どちらかが一方的に優位な時代に比べると交渉も盛んだったのではと思われます。

昨年イタリアを旅行して以来、イタリア(フランスも)とイスラム圏との関わりが気になっていたのですが、なかなかイスラム側から見たものがなかったので、ここでようやく少しつながりが見えてきました。またブローデルの「地中海」あたり、読み返してみようかと思っております。(あの翻訳が体質に合わないので、あまり進まないんですけど…)

砂糖のイスラーム生活史
佐藤次高 著
岩波書店
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by silverspoonsjp | 2009-03-03 23:42 | 人文科学の本
先日、ひょんなことで「2001年宇宙の旅」(懐かしい)のスチル探しをしたのですが、画像を見ると条件反射的に、あの印象的なテーマ曲、リヒャルト・シュトラウス作曲「ツァラトゥストラはかく語りき」が頭の中で鳴り響いて止まらなくなり、あー何とかこいつを止めねば、しかし、「かく語りき」って、一体何を語ったんですか?と今度はそちらが気になりはじめました(試験が目の前に迫った受験生のような、困った状態です)。

まともな人なら、じゃ、ここで一丁、このタイトルの元になったニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」を読んでみますかね、となる訳ですが、生来怠惰な 気が短い江戸っ子なため、そんなかったるそーな本、読んでいられるかぃと思って(全国1千万のニーチェファンの皆さん、私をお許しください)、つい図書館からこんな本を借りてきてしまいました。

青木健 著「ゾロアスター教史」(刀水書房)

2色印刷の地味な表紙を見たとたん、一体何の間違いで、ニーチェよりこっちの方が簡単に読めそうだと思ったんだろうと後悔しました。…でも序論の2ページくらい読んでみたら意外や面白く、一気呵成に読み終えてしまいました。

だいたい、私が世間知らずなだけかも知れませんが、この21世紀に、拝火教徒が存在していること(しかもインドでは財閥として結構な勢力を築いており、インドつながりで言えば、クラシックファンならご存じの指揮者ズービン・メータやロックバンド・クィーンのフレディ・マーキュリーもゾロアスター教徒)、ニーチェつながりでは、イエス・キリストをも凌ぐアーリアの超人としてあのナチスが持ち上げ、熱狂的に研究していたこと、等々の事実には驚かされましたし、実に興味深いものがあります。

してみると、日本語でツァラトゥストラ/ザラスシュトラ/ゾロアスターを書き分けてるのは単に、ドイツ語/元来の読み/英語経由という、それぞれの発音の由来を書き分けたいという語学オタク的なこだわり以上に、由来の「含み」を表現したいという欲求が働いてるんでしょうね。

本来のザラスシュトラはと言えば、実体がよくわからない宗教家であったらしいのですが、彼の事を伝え聞いたローマ人やヨーロッパ人が勝手に神秘的イメージを付け足して理想化し、尾ひれが付け加わっていったようです。

この本は看板に偽りなく「教史」なので、教えの伝播や変遷に焦点があり、ゾロアスター教の中身そのものについては補足的な扱いです。そのため、もう少し教義そのものについて知りたいと、懲りもせずもう1冊読んでみました。タイトルはズバリ、

「ゾロアスター教」(講談社選書メチエ)

著者は「教史」と同じく青木健さんです。

こちらの方は、教義や儀礼について、もっと詳しく書いてあります。現代に残る儀礼も写真付きで紹介され、儀式で使われるナゾの植物ハオマ草の現状や、イスラム化したイランに今も残るゾロアスターの伝統(詩を暗唱してる人がエライとか、緑が好きとか…)またまた興味深い話題満載なのですが、読みやすさを優先してか一つの話題が短いので、ダイナミックさでは「教史」に一歩譲るように感じました。

さて、「教史」によりますと、「ザラスシュトラがかく語った」内容とは、世界は善と悪の二つの勢力の戦いである、という考え方や、善悪どちらにつくかは個人の選択である、という人間の自由意志の存在、その選択に伴って死後の行き先が決まるという考え方、個人だけでなく世界にも終末があるという終末論、救世主の出現を予想する思想などだそうで、そうだとすれば、キリスト教や仏教、イスラム教などに直接間接に与えた影響は確かに多大なものがあります。

とは言え、後から付け足された「東方の大賢人」というイメージもかなり当社比300パーセント増しくらいのバブリーな評価になってるらしいですね。

そこで、話は最初にもどって「2001年」との関係をつい考えてしまう訳ですが、ニーチェは、ツァラトゥストラの名に仮託して「神は死んだ」「超人思想」「永劫回帰」の思想を語っている(と、「ツァラトゥストラはかく語りき」のあらすじに書いてある…(爆))なので、その辺が映画のテーマ曲に使われる理由なんでしょうね…。さすがキューブリック監督。
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by silverspoonsjp | 2009-02-02 23:58 | 人文科学の本
以前、いつもお邪魔してるブログに、他人の読書ブログから文章を頂いて読書感想文を書いちゃう子たちに向けて、びしっ!と注意している記事があがっていて、その毅然とした姿勢に、さすがだなーと感心したものでございますが、そうは申せど、ヘタレ学生だった自らを省みますに、あの頃ネットがあったら、注意する側よりされる側だよなーとつい思っちゃいました。

だいたい、読書感想文って何なんですかね。

思うに、まずは本を読んで欲しいから、課題として出してるんでしょうね。だから、盗作うんぬんより前に、読みもしないのが一番いけません(本なんて強制されて読みたかねーよ、というあなたは私のお友達ですが、食わず嫌いということもあるから、ま、学生のうちは我慢してね)。

次なるハードルは、振り出しに戻るようですが、何を書いたら読書感想文になるかってことなんですよね…。こういう宿題を出す学校では、ちゃんと指導してるのでしょうか。

私も学生のうちは全くわかってませんでしたが、国語教育の研究会とかに顔を出すようになって、ようやく「読書感想文」のツボというか、心がまえがわかりました。

どんな感想文を書けば、点がもらえるのか。

ずばり、答えを言うならば、「読書感想文」とは「作文」の延長上にあるのであって、本のあらすじ紹介とか、本の中身がどんなに面白かったかとかはメインではなく、自分や家族、友達の体験と本の内容をリンクさせ、本の内容に「自分」がどう啓発されたか、ということが書いてないと、ダメみたいなんですよね。最近は「読んだ本を友達に紹介してみよう」みたいな課題も出つつあるようですが、基本的には「感想文」=「自分語り」ってことらしい。

道理で、大人の書いた書評を読んでもそんな芸風の記事が混じってるワケですよ。

書き手が有名人で、読者が書き手自身に興味があるならいざ知らず、普通、読み手が知りたいのって本の中身ですから、読者様からお金を頂く書評記事で、読書感想文的アプローチはダメダーメ☆

じゃどういうのが、お金をもらえる記事なのかといえば、それはつまり、人を読む気にさせる書評ですね、はっきり言って(評論やレビューは別ですが)。それに、書評自体も読んでもらわなくちゃいけませんから、上手い人ほど発見のある書評を書きます。

…と、思っていましたが、それは旧メディアの発想で、ネット上ではまた違うから、面白いもんですね。ブログであまり「書き手」の色が出ていない、無色透明な書評記事ってつまんないですもん。

ありゃ、今日書きたいことから、話がだいぶ逸れちゃいました。

国語の授業でやる「小論文」なんかも、「読書感想文」と似たりよったりの状況で、何をどう書くかという訓練を受けた学生は少ないんじゃないでしょうか、というとこに話を持って行きたかったんですが、大学の1,2年生を受け持ってる先生には、学生が論文の書き方を全然知らないと頭を抱えておられる方が多く見受けられます。えーまさかー?!と思われますか。

で、取りいだしましたるは本日ご紹介しようというこの本、「論文の教室-レポートから卒論まで」でございます。この本は大変売れているらしく、6年前に出て今年でもう28刷!
読めばナットク、こりゃお買い得です。

この本、1120円なんですが、1ページ最低2カ所は笑えてこの値段、一笑い2円はおトクですよね…って別にお笑い本とかじゃないんですけど(計り売りでもないです)、人目のあるところで読むとアヤシイ人になりそうなので、取り扱いには十分気をつけてください。

中身は至ってシンプルで、これまで論文をきちんと書いたことがない人向けに、、論文とはどういう文章で、どういうことに気をつけるべきか、どうやって論文を書いたらいいのか、手取り足取りお教えしましょうという、ありがたいものであります。

そして、まえがきを読んでもわかる通り、
この本の特徴はこれ-

「私はなるべく多くの方々に読んで頂きたいと念じつつ本書を執筆した。…さて本を売るにはどうしたらよいだろう。タイトルを『ハリー・ポッターと魔の論文指導』にして、腰巻きに『ワーナー…ブラザーズ映画化決定!』と印刷してもらえばよいのではないかという名案も浮かんだ…」

あぁ、ふざけてるみたいですけど、読んでもらえばこんなおちゃらけたまえがきさえ、論文の書き方に乗っ取って書いてることがわかるので、書棚に戻さないでください…。

著者も言うとおり、この手の本の最大の欠点は、最後まで読み通せないことなんです。そう言われて私も類書を読んでみましたが、確かに、読み通せたのはこの本だけ。それはギャグ満載だから(だけ)ではなく、挙げてる例が面白くてしかも的確だからです。

まずは、某大学工学部の「作文ヘタ夫くん」(ベタだなあ…)のダメダメレポートのダメっぷりを分析するところから話がスタートするんですが、あー、あるあるあるあるこういうレポート(っつーか、仕事でこんなのばっかり読まされてるんですけど…じゃなくて私もうっかり書いてますごめんなさい☆)って身につまされるので、だまされたと思って、本書21ページから25ページまでだけでも読んでみてください…と言っても、すぐに見られるとも限りませんので、意地悪しないで分析の一部を引用させて頂くと…(後でぜひ、実際の例文もご覧になってみてくださいね)

「ヘタ夫の論文には、私が十数年の教師生活で会得したダメ論文作成法のノウハウが凝縮されている。いやなノウハウだけど。
 とくに(1)課題を選んだ理由ではじまる論文 
  (2)「ここで終わりにさせていただきます」で終わる結婚式のスピーチみたいな論文
  (3)『広辞苑』攻撃を含む論文
  (4)単位くださいと書いてある「クレクレタコラ論文」には、何度もお目にかかった。教員は「単位くれ」と言われると、反射的に「やらね」と思うので、本当に単位がほしいなら絶対にこういうことを書いてはいけない」


どうです?実用的でしょ(そういう問題か)?

この本が私が学生だった1年前に出ていればなあ(大ウソ)
いえいえ、社会人になってからも、この本を読んでいなかったのが人生の損失と悔やまれてなりません。第一、添削不可能な論文書いてくる人に、さりげなくプレゼントすれば時間の節約になったのに…あーいえげほげほげほげほ。自分のをまず直せですすみません。

余計なお世話ですが、書店に並べるときは、NHKブックスの棚はもちろん、国文とか学習参考書の棚よりも、松本人志とかの隣の方がいいんじゃないかと思います。なお、今回のエントリータイトルに関する話は、まえがきとあとがきに出てます。

論文の教室
戸田山和久
NHKブックス
日本放送出版協会 2002年
1120円
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by silverspoonsjp | 2008-12-07 23:49 | 人文科学の本

ヨーロッパ中世象徴史

歴史の本を読んで、ああ、読んでよかったーと思うポイントは、読む人によって違うと思います(まあ、何の本でもそうでしょうけど)。

私の場合、その本を読んで現在に生かせそうかどうかとか、歴史的人物の生き様が感動的かどうかとか、そういうことははっきり言ってどうでもよいのであります。

-ちなみに私の大嫌いな歴史の本とは、読むとお手軽に「◎◎の歴史」がわかってしまう「教養のための◎◎史」の本とか「へえーーー!」と言わせるのだけが目的で、「それがどうした」なトリビア本であります-

つまり、それらとは別に、著者の目の付け所(こんなことを調べるのね?)とか、思わぬものを資料にして思わぬ史実を引き出すとか、集め並べた材料をまとめて、ひとひねりある結論に至るとか、そういうところに賭けてる訳なのですが、同じ趣味の方がいらっしゃれば、この本には花丸をいくつつけてもまだ足りない、という感じになるのではないかと思われます。

まあ、ずばり言って、事実の断片を拾い集め、あるいは思いがけないものを証拠として採用し、犯人を検挙し、またその動機を推察するという、シャーロック・ホームズものに通底する面白さがあるとでも言いますか(むむ)。

本書は、教養本なら如何にもやりそうな、
「ライオン」というお題を出して、そもそもライオンは中世に於いて…
みたいなつまんないアプローチは取りません。当然、ライオンについての考察はありますが、まずはいきなり、「動物裁判」の話から入るんです。

ヨーロッパの人々と動物の関係と言うとき、まず頭に浮かぶのは、キリスト教と動物との関係です。ふつう、日本でよくお目にかかる記述は、キリスト教では人間と動物が決定的に対立している、あるいは、人間こそが神の恩寵を受けた万物の長と思い上がっている、というものですが、それはどうやら単純にすぎる見方のようです。

中世の人々は動物の来世に思いを致したり、さらに現実的な問題として、安息日の日曜に動物を働かせてもよいか、とか、動物に責任能力はあるのか、ということを考えたりしたようです。

中世には、動物を被告にした裁判が開かれたということです。そして、刑罰を加えられた動物もありました。このことは何を意味するのか。著者は訴訟の数や、公式に残された裁判記録の数などを勘案して考えます。訴訟はたくさんあった。一方で、証言は少ない。それは何を意味するのかー。

ここで著者の導き出した結論は仮説であり、しかも実証は困難です。しかし、ここで大切なことは、こうした裁判が彼らの社会に存在したこと、今日の目から見れば好奇の対象でしかないけれども、当時の人々は、これを今日とは違う感受性でとらえていたはずである、と想像することなのでしょう。

象徴は外側に見え、現在でも遺されたものから知覚できますが、その裏にある考え方を知ることは、現代人にとって非常にむずかしいという例が、本書では多く示されています。たとえば、「青」は現代人にとっては寒色ですが、中世では暖色とされていました。青は空気の色であり、暖かくて乾いているから、という理由だそうで、著者は
「美術史家が中世において青は現代と同じように寒色だと考えたら、何から何まで間違えてしまうだろう」と述べています。

あるいは、「斧」と「ノコギリ」は同じ工具でありながら、中世の人にとって、ノコギリは悪のイメージがあるーそれを納得させるため、中世の人と「木」との関係から説き起こされているのですがーなど、気づきようもない知見が存在しています。そして、中世の象徴を理解することの困難とその意義は、著者のこの言葉に凝縮されているでしょうー。

「象徴はそれが表象する現実の人物や事物よりもつねにより強力で、より真実である。中世においては、真実はいつも現実の外に、現実の上位に位置しているからだ。真なるものは現実に存するものではないのである。」

時代の違いに加え、キリスト教的解釈の展開に伴う価値観の転換や、言葉の問題、地域文化の違いなど、他にも考慮しなければならない要素はさまざまにあります。しかし、困難にもめげず、象徴が使われた当時の価値観に沿った解釈を試みる著者の果敢さと洞察力に敬服すると共に、門外漢の一読者としては、極上のミステリーを読むのと同じ楽しみを味わう訳なのです。

ミシェル・パストゥロー 著
篠田勝英 訳

〈目次抜粋〉
動物
  動物裁判/獅子の戴冠/猪狩り
植物
  木の力/王の花
色彩
  中世の色彩を見る/白黒の世界の誕生/中世の染物師/赤毛の男
標章(エンブレム)
  楯型紋章の誕生/楯型紋章から旗へ
遊戯
  西欧へのチェスの到来/アーサー王に扮する
反響
  ラ・フォンテーヌの動物誌/メランコリーの黒い太陽/アイヴァンホーの中世

白水社
436ページ 6600円
ISBN-10: 4560026386
2008年 
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by silverspoonsjp | 2008-11-24 22:53 | 人文科学の本
なんだか最近、国文学関係で翻訳の特集を組むことが多くなったように思うんですが、気のせいでしょうか。

さて、2008年5月の特集は「翻訳を越えて」
目次はこんな感じ。


初めにことばがあった  柳父章
明治に生まれた翻訳ことば  飛田良文
シェイクスピア翻訳史の端緒と現在――漱石の逍遥批判をめぐって  河合祥一郎
雨森芳洲と翻訳  大西比佐代

「バラク・オバマ」を翻訳する  荒このみ
同時翻訳の難しさ  松本道弘
自動翻訳機はどこまで進むのか  富士秀
抒情の罠――金素雲と金時鐘  藤石貴代
ペソアを翻訳する――『不安の書』と相まみえて  高橋都彦
誤訳の名作――アメリカ文学作品邦題再検証   舌津智之

夢想の詩学――不断の創造的な裏切り  樋口覺
翻訳という名のアート――言葉の置き換えから創作へ  江藤裕之
短歌の翻訳  宿谷睦夫

カフカ以前とカフカ  池内紀


「誤訳の名作」なんてなかなか面白かったですが、本当の誤訳の例というのはたぶん上がってなかったんじゃないでしょうか?たぶんわかっててこの邦題にしたんだろうなという感じでした。

さて、私が一番感動しつつ読んだのは、大西比佐代さんの「雨森芳洲と翻訳」でした。

芳洲は江戸時代の儒学者であり、鎖国下ながら、中国語を20代半ば、朝鮮語を30代半ばから始めて通暁したという、稀有の人物であります。日韓関係が話題になったときに交流の先駆者として良く名前が出るので、知っている方も多いのではないでしょうか。

彼は儒学者なので、
「学問の目的は立派な人になることだ」
とか、言うことが説教臭いんですが、外交や貿易の現場に身を置き、外国人と接した体験に基づく言葉の数々は感動的です。

「国のたふときと、いやしきとは、君子小人の多きとすくなきと、風俗のよしあしとにこそよるべき」
(ある国の値打ちは、人々の行いに品格があるかどうかによって決まる)

ここで芳洲の言う「たふとき」人、つまり品格のある人とはどういう人か。
「定まりたる見識ありて、世のはやりにしたがはざるこそたふとけれ」

教養がきちんと身に付いていて、自分なりの考え方を持ち、自分で判断ができ、世の流行り廃りに流されない人、ということなんでしょうね。いちおう情報化社会とか、言論の自由があるとされている今でさえ難しいことを、江戸時代に実践していたのだから凄い人です。

ほんの8ページほどの短い論文ですが、言葉を勉強するとき何が大切なのかがぎっしり詰まっています。挙げられている参考文献なんかも読んでみようかなと思っています。

國文學 第53巻7号2008年5月号
1600円 學燈社 

http://www.gakutousya.co.jp/cgi-bin/menu.cgi?ISBN=0173
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by silverspoonsjp | 2008-05-01 23:39 | 人文科学の本
ゆとりある熟年世代がターゲットのシブイ雑誌だけに、どこかびみょ~にこちらの趣味と合わないときもある「サライ」ですが、今回ばかりはこのサービス精神に脱帽です。

特集は「おくのほそ道を旅する」。
豪華付録は「おくのほそ道」全文と全現代語訳および、松平キャスターによる全文朗読CD。

おまけにつられてつい買いましたが、記事も充実しています。いまや定番の「松尾芭蕉スパイ説」の紹介のほか、江戸時代、「おくのほそ道」が出版されたあとの後日談というのが面白かったです。

江戸時代の俳人たちは、俳聖の句集が出た直後ぐらいから、「地球の歩き方」を片手に旅するバックパッカーよろしく、「ほそ道」片手にゾクゾクと芭蕉の足跡めぐりをはじめたらしく、句に詠まれたばかりに、次から次へと旅人に来られて迷惑した人の話が出てきます。今で言うと、マスコミに取り上げられちゃって困った…って感じでしょうか。

鉄道マニアには鉄道でめぐる「おくのてつ道」コーナーも嬉しいです。

それにしてもこの雑誌、連載コーナーが本当にピンポイントですよね…雑誌には定番のオススメCDやおすすめ書籍のラインナップが、その辺の雑誌とは一線を画しているのがまた勉強になりますね…。

小学館
750円
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by silverspoonsjp | 2008-04-20 22:00 | 人文科学の本
日本文学に疎いのはカッコ悪いなーと反省しております今日この頃、慣れぬ「国文学」雑誌など読んでみましたところ、2月号は大変面白い特集でした。

「芸術は爆発だ!」でおなじみ、岡本太郎は芸術一家の出身で、お父さんの一平は「代議士ほど稼ぐ」漫画家、お母さんのかの子は小説家でした。

岡本太郎の絵をまともに見たことすらないので、いわんやその経歴をや、20代をずっとフランスで過ごしたとはつゆ知りませんでした。しかもバタイユの主催する秘密結社に入っていたとは…。

「法隆寺、焼けて結構。伝統が失われたのなら、新しく伝統を作ればいい。自分が法隆寺になればいいのです」
とはスゴイ言葉です。

これを契機に、著書「美の呪力」「日本の伝統」あたりを読んでみようかなと思ってます。

「童女」としてのかの子に触れた論文では、ロリータを、検索でヘンなのが引っかからないように「ロリィタ」って書くというのを初めて知ったような次第で。
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by silverspoonsjp | 2007-01-20 02:52 | 人文科学の本
皆様、こんばんはー!

このブログの目的の一つに、昔読んだ懐かしい本を再読してみたいというのがあったんですが、そこに行くまで寄り道しまくってる今日この頃、この本を読みました。

「不機嫌なメアリー・ポピンズ」…

そうです、ディズニーのメアリー・ポピンズは良くできてると思うものの、断じて許せないのは、メアリー・ポピンズが愛想が良いことなんですよ!!(力説)

幼少のみぎり原作を読んで、どっぷりハマったため、イギリスの人ってプライド高くて気取ってるんだなーそれがステキ…(あ、いえ、子供相手にベタベタしてない大人が、っていう意味で)とか思っていたのでした。

この本を読んでみると、「不機嫌」の裏には、もう少し複雑な事情が隠されていることがわかります。それが何かは本のキモなのでここでは細かくは触れませんが、保母であるメアリー・ポピンズが属するべき階級と、彼女の雇い主であるバンクスさん一家との身分差などが含まれており、確かにイギリス以外の観客(同じ英語圏とはいえアメリカではなおさら)には、忠実に映像化してみたところで、この機微は伝わらないでしょうね。

本書は、イギリスの小説に見られる登場人物の行動パターンや言葉遣いから、イギリスの階級社会を考察したものです。「エマ」「高慢と偏見」「眺めのいい部屋」「ブリジット・ジョーンズの日記」など、映画化された作品については原作と映画を併せて紹介してあるので、原作を読んだことがなくても、映画を観たことがあればかなり楽しめます。

例えば、オースティンの「プライドと偏見」。原作でも映画版でも、ヒロインの家族の下品さが彼女の幸せの邪魔をします。日本人の私は、単に「格の高い自分にあんな下品な家族が出来るなんてイヤなんだろうなー」くらいに考えてたのですが、

「ジェントルマンの家族にふさわしくない言動…品の良さは彼らが手本となるべき下層階級への責任である」

という指摘には、なるほどなと思いました。つまり、ジェントルマン(とその家族)たるもの、下の階級の者のお手本となる振る舞いができなければならない訳です。

イギリスの階級差はまず言葉に表れるそうですが、現代でもそれは同じなようで、使う単語(「何ですって?をwhat というか Pardon?と言うか)、使うモノ(スーツケースに車輪がついているか、ないか)など細かいところでいちいち気にするのだとか。

ちなみに、「Pardon?」の方が上品に聞こえますが、これはフランス語由来の言葉なので、わざわざそんな言葉を使うと成り上がりに聞こえるということでセレブの使う言葉ではないそうです…。ううーん。

逆にイギリスの作品で、まったく階級を感じさせない話し方というのはSF的とさえとられてしまうようで、「時計仕掛けのオレンジ」もわざと主人公に階級を超越した、おかしなしゃべり方をさせているそうです。

この作品、キューブリック監督の映画でしか見たことがないんですが、原作の終わりの方の筋を聞くと「トレイン・スポッティング」みたいだそうですね。一時はワルをやっていても、憑き物が落ちたように、元の階級の価値観に戻ってしまう。そういう描写もイギリスのお話らしいのだそうです。

児童文学もこういった目でみると大変面白いです。
たとえば「ハリー・ポッター」。

特に努力してる訳でもない(いじめられはするけど)ハリーがスゴイ魔法使いっていう設定が気に入らず、私自身は熱心な読者ではなかったのですが、血筋が正しくて、品が良い、なるほど、これが「ジェントルマン」ってものなんですね。逆に言うと、ガツガツ努力しているハーマイオニーは如何にも中の下って感じです。

何度もしつこくてすみませんが、この観点からいうとピーター・ジャクソン監督の「ロード・オブ・ザ・リング」は肝心なところが惜しかったなあって思えてならないのです。

地主のフロドと庭師のサムが、アメリカ英語でしゃべっちゃうのは問題外として、身分が違う二人が友達みたいに見えちゃダメだってば!言葉遣いや階級の差からくる価値観の違いが面白いのであって、そこを飛ばしちゃうと、他はどれだけ凝ろうとも、原作が一番こだわった部分が抜けちゃった感じで勿体ない。

残念ながら本書には「指輪物語」の考察はないんですけど、このように応用(こじつけ?)も出来て楽しく、手軽に読める一冊です。

新井潤美 著
平凡社新書
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by silverspoonsjp | 2006-09-19 22:36 | 人文科学の本
皆様、明けましておめでとうございます。

旧年中は、ご感想を頂いたり、面白い御本やイベントを教えて頂いたり、励ましのお言葉を頂いたり、本当にありがとうございました。

忙しさにかまけ、更新も滞りがちでしたが、本年は「犬も歩けば…」の精神で、どんどん外に出て面白いものを見つけたいと存じます。どうぞよろしくお願い致します。

さて、年末年始、ようやくちょっと時間が取れたため、積ん読本を一気に読みました。
いちおう本のブログなので、新年くらいはバチッと締めてみたいと思います。

さて、表題の本、新年早々戦争か…とガックリされる方もいらっしゃると思いますが、「敵を知り、己を知らば百戦百勝」、平和の道は戦争を知ることにございましょう。

という建前はさておいて、実は映画「キングダム・オブ・ヘブン」を見て、久々に西洋史のおさらいがしたくなったので手に取りました。この巻は、ヨーロッパの11-13世紀の歴史を、戦争という切り口から眺めたものです。この時代はヨーロッパらしいヨーロッパの基礎が固まった時代。ですから、現代のヨーロッパを理解するにも不可欠の内容が含まれていて、とても興味深いものでした。

フランク王国、十字軍、中世の暮らし、百年戦争、ジャンヌ・ダルク…

きれぎれの断片にしか過ぎなかった知識が、歴史家たちの筆によって、鮮やかにつながり、生気を帯びてきます。

この本が優れているのは、分析の軸として「戦争」を選んだことにも現れているように、本文全体がいわゆる「歴史物語」や、読んで簡単に知識を得た気にさせる「トリビア教養書」にとどまっていない点です。

中世史にはいろいろ面白いエピソードがありますから、それらをつなげてわかりやすく絵を描いてみせたほうが、本の売れ行きも良いだろうし一般ウケもするでしょう。本書にもそういう章はありますが、ギリギリ歴史書としての作法は守って書かれた章もあり、そこが読ませます。

その作法とは、あくまでも社会科学の本としての手順を踏む、ということです。

歴史の教科書や、あたかも物語のように破綻なく組み立てられた教養書は最初に結論ありきなので、そればかり読んでいると、いつでも歴史に定説を求めてしまいがちで、そういう本はいくら一般向けとは言え、大人の読むに耐える本とはいえません。

本書には、史料を分析し、仮説を立て、証拠を示して展開するという、歴史書にあるべき基本を守った章が多くあります。読み手には、それが歴史解釈のある一説である、ということがよくわかります。著者の意見に賛同もできるし、その解釈は違うんじゃない?と思うこともできる。あ、こんな方面の史料が発見されれば、この説はひっくり返されちゃうんだな、ということにも気づきます。

そうは言っても、一般向けの本ですから、切り口や語り方は工夫されてますのでご安心を。

たとえば、第一章。フランク王国の社会構造がテーマですが、それはまず前面には出さず、フランク王国のピピン短躯王にまつわる逸話を示してあります。

ピピン短躯王と王妃ベルトラーダの結婚した年は、息子カールの生まれた年より7年も後になっています。できちゃった結婚にしてもずいぶん開きがありますが、史料の書き誤りとする説もあるなか、著者は「正式に結婚できにくい何かの事情があり、ローマ教皇の許可を得て初めて正式に結婚した」という説を採ります(なぜローマ教皇の許可が要ったのか、という考察は短いですが面白いです)。

で、「何かの事情」とは何かという点ですが、民間伝承に残る「花嫁取り替え事件」説などがまず紹介されます。ブルターニュの王女ベルトラーダは輿入れの途中、自分の娘を輿入れさせようと企む式部官によって殺されそうになり、辛くも逃れますが、結局替え玉が王妃となり、長らく発覚しなかったというもの(エルフ語講座に出てた皆様にはおなじみのエピソードですね(^^)。

歴史家たちはこの話自体は信じないものの、わざわざこういう話が語られたのは、濃い血縁関係など何らかの裏事情があったと見たわけです。

それに対して、筆者が導き出した仮説は「離婚が建前上禁じられていたので、必要な時まで結婚式を挙げなかった」というもの。思わずホントかいっ…?とツッコミたくなるシンプルな説ですが、先の教皇の許可の話や、権力をめぐる当時の社会状況の説明と考え合わせればなるほどと思わされます。そして、どんな史料が出てくればこの仮説が裏付けられるか、または否定されるかなども容易に想像できます。

そのほか、当時の戦争の目的に関する考察(現代の感覚からは考えづらいですが、初期には略奪や身代金で生計を維持するためだった)、
戦争に依存する生活を変えさせたのはキリスト教だったという指摘、
「聖戦」と「侵略戦争」の二面を合わせもつ十字軍がどう社会を変えたか、
それはどんな史料から読み取れるか、
など、大きな視点での論考もありますし、実際の戦い方の変遷についての論考もあります。

矢は貴重品だったため拾い集めて再利用したとか、敵の生首を投石機につめて打ち合ったとか、中つ国だけじゃなくヨーロッパ中世でもやってたんですね(^^)。

市井の暮らしについての考察もあります。ヨーロッパの床屋さんの仕事は「髪を切ること」ではなく「ヒゲを剃ること」というのは、なるほどそうみたい。また、日本人がよく持ち出す「昔、ヨーロッパの人は風呂に入らなかった」という話も、梅毒が流行るまでは違ったようです。

ヨーロッパでの狩りは単なる貴族の鍛錬や遊びで、食肉は自分たちで育てる、という指摘も鋭いですね。これが当たっているなら、捕鯨反対者に「牛を食べるのは残酷じゃないのか」と反論しても理解されないということになります。

講談社から全10巻で出たこのシリーズ、素晴らしい内容なのに品切れ。神保町あたりじゃ古書店に出てもセット販売。仕方なく図書館から借りました。基本文献だから大きな図書館に行けば見つかることでしょう。

木村尚三郎 編
ISBN4-06-289305-X
昭和60年初版
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by silverspoonsjp | 2006-01-04 17:56 | 人文科学の本

サントリー学芸賞

先日TVをつけたらクイズ番組で
「ノーベル賞で日本がまだ受賞していないのは何賞?」
という質問に

「主演女優賞」

と答えた女優さんがいて、めちゃくちゃウケました!
正解は経済学賞だそうですけど、この答えの方が好きよ。

さて、「○○賞受賞作品」というのが鑑賞の目安になるかどうかは、それこそ賞の選考委員と気が合うかどうかにかかってると思います(Aさんが読んで面白かった本が、Bさんに面白いとは限らない)。

小説でチェックするのは、「ファンタジー・ノベル大賞」。
面白いなと思った作品が立て続けに受賞作だったのでビックリしたんです。
だって、普通に考えたらファンタジーには分類されなさそうな作品なので。

銀林みのる著 「鉄塔 武蔵野線」 …確かに分類が難しい作品ではありますが…
佐藤亜紀 著 「バルタザールの遍歴」 …ファンタジー…なのかなあ??  

要はこの賞が対象にしてるファンタジーの範囲が広いということなんでしょうね。
私もはっきりファンタジーって何か定義できないですけど。

人文科学系なら必ずチェックするのは、先日発表になった「サントリー学芸賞」です。
地味でニュース性に乏しいばかりか、あの「読書人の」東京堂書店すら、受賞作が発表されても特に何もしないという気の毒な賞のうえ、選評を見るとひょっとして内輪で選んでる?と思うものもなくはないですが、受賞作を読むと感心することが多いです。

去年は忙しくて読めませんでしたが、その前の2003年は豊作で、

飯島洋一『現代建築・アウシュヴィッツ以後』(青土社)
佐藤 卓己 『「キング」の時代』 (岩波書店)

どちらも面白かったです。今年のラインナップで読んだものは

岡本隆司『属国と自主のあいだ―近代清韓関係と東アジアの命運』(名古屋大学出版会)
齋藤希史『漢文脈の近代―清末=明治の文学圏』(名古屋大学出版会)
柴田元幸『アメリカン・ナルシス―メルヴィルからミルハウザーまで』(東京大学出版会)
宮下規久朗『カラヴァッジョ―聖性とヴィジョン』(名古屋大学出版会)

でした。いずれも力作です。はからずも、全点、大学出版会の発行ですね。
大学出版会はこのところ注目している発行元で、名古屋大学出版会はその白眉。他にも「法政大学出版局」のはいつもチェックしています。きっとどこも台所事情は苦しいんじゃないかと拝察いたしますが、頑張って欲しいです。
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by silverspoonsjp | 2005-11-22 23:01 | 人文科学の本