本と読書をめぐる冒険


by silverspoonsjp
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリ:センス・オブ・ワンダーの本( 58 )

今回は、SFとしてはかなりの異色作。

いちおう、プロローグからエピローグまで一つのまとまったストーリーになっているのですが、各章が短編として発表されているため独立しています。お話は毎回、アフリカの部族・キクユ族に伝わる寓話から始まり、とても易しい語り口なので、軽い気持ちでひょいひょい読めてしまいます。

キクユ族は、ケニアの国民として現代的な生活を享受しているのですが、民族文化は絶滅の危機に瀕していました。ヨーロッパ風の服を着て、ヨーロッパの機械に囲まれ、ヨーロッパの宗教を奉ずる「えせヨーロッパ人」に成り下がった同胞を救おうと、キクユ族たちは「キリンヤガ」という、一つの理想郷を作り上げます。

そこでは人々は伝統的な価値観に従って、昔ながらの暮らしを守り、自然のままに、他の文明に汚染されていない純粋なキクユ族として生活しています。

しかし、いかなユートピアとはいえ、人のいるところには争いもあり、困った出来事も起こります。そんなとき、村の長老にして畏敬の対象であるムンドゥムグ(祈祷師)、コリバが、叡智によってそれを鎮めていくのですが…。

文明に侵されていない知恵ある人々の話というと、「パパラギ」とか、「カスタネダ」シリーズあたりを連想しますが、この物語にも似たような箇所があります。たとえば、人々に害をなすハイエナを退治しようとして、コリバの制止も聞かず、村人たちは外の世界から狩人を呼び寄せてしまいます。しかし、コリバが予想したとおり、ハイエナよりも狩人の方が、始末に負えない害悪だったのです。彼を体よく追い払い、平和な村を取り戻そうとするコリバの知恵とは…とか。

え、全然SFじゃないじゃん…とお思いでしょうが、「キリンヤガ」の世界はもはや地球上には作れず、テラフォーミングした小惑星上に設置されているのです。この世界は〈保全局〉と、コリバの努力によって、外部世界の干渉を受けないよう慎重にコントロールされていますが、なじめないものは、宙港からよその世界へ出て行くことができます。

いつでも外部世界と接触できる可能性を持っていながら、ある文明を元の姿のままに保っておくことができるのか…SFならではの壮大な実験が始まります。

さて、人々が宇宙に行く時代に、昔ながらの生活をするというのは、生半可な決意ではできません。昔ながらの掟に従うということは、病気になっても頼れるは薬草と祈祷だけ、雨乞いには生け贄を捧げ、生まれた赤ん坊も必要とあらば殺してしまうということです。干渉しないと約束している〈保全局〉さえ、生まれた赤ん坊を殺すのは残酷だ、他にも方法はあるはずだ、と使者を送ってよこします。

しかし、コリバは頑として干渉を拒否します。彼はこの世界ではただ一人、キクユの文化も知り、直接ヨーロッパに留学もしている人物です。原始的な状態におかれている同胞と違って、コンピュータを通じて〈保全局〉とコンタクトを取り、データベースにアクセスしたり、惑星の気候を変えたりできる権限を持っています。

この世界はすべて微妙なバランスの上になりたっている。長いキクユの歴史が決めた掟にあることは、必ず何か意味があることなのです。ある一部分だけと思って変えてしまえば、全てが狂ってしまう。

彼のそんな論理は、「文明化」された使者には理解不可能でした。しかし、結局は不干渉の原則が勝ち、赤ん坊は殺されてしまいます。

「えせヨーロッパ人」の末裔たる現代日本人として、最初のうちはコリバと一体化して、こんな難問にぶつかったらどうするだろう、と楽しんでいたんですが、作者レズニックは、そんな、のほほんとした状態に読者を安住させてはくれません。

たとえば、キクユの掟によれば、女は文字の読み書きを習ったりしてはいけないし、あれこれと制約があります。こちらはたちまち21世紀の現実に引き戻され、今でさえ不自由なのにキリンヤガなんて…とコリバを非難する側に回ってしまいます。彼の求めるユートピアの栄光は消え失せ、ディストピアの影がちらつき始めます。

いや、ちょっと待て。

コリバは人々に話すとき、いつも寓話を使います。聞く人が正しくその意味を受け取っているかどうか、確かめながら。

では、さっきまでの読み方は?「キリンヤガ」の受け取り方としては違うのかもしれない。

一人だけが真実を知り、他を善導していく社会が理想の社会なのか。
もっと知りたいと思うことは罪なのか。
誰かにとってのユートピアが誰かにとってのディストピアとしたら、全員にとってのユートピアはあり得るのか。
ユートピア社会が到来したら、あとは永遠に変わらないのを願うことが良いことなのか…

単純なお話のようなのに、いつまでも疑問は尽きません。ヒューゴー賞、ローカス賞2冠も納得の名作です。あ、念のために付け足しますが、作者レズニックはシカゴ生まれのアメリカ人です。

マイク・レズニック著
内田昌之 訳
早川文庫

長編(シリーズものの短編を集めたもの)
ハードSF度   ☆☆☆☆☆(「竜の卵」を★5とカウント)
ファンタジー度  ★★★☆☆  
個人的好み   ★★★☆☆

〈お好きかも〉
民間伝承に興味のある方
ユートピアもののファンの方
「オリエンタリズム」とか文明論がお好きな方

その他のSFのオススメは↓タグからどうぞ。
[PR]
by silverspoonsjp | 2006-11-05 23:54 | センス・オブ・ワンダーの本
サイバーパンクといえば、やたら訳語にルビがついている話…と思っていたので、数人の訳者が分担した、ルビ控えめな(!)この短編集を読むと、まるで別人の作品集のようです(笑)。

私の個人的な好みからいうと、浅倉久志さんの訳文が一番読みやすいせいか、浅倉さんが訳した「辺境」「ニュー・ローズ・ホテル」「冬のマーケット」が好きなんですが、特に「ニュー・ローズ・ホテル」はまるっきりハードボイルド文体で訳されているせいか、同じ作者の作品とは思えません。とはいえ、この本を最後まで読んでみると、巻頭の黒丸尚さん訳「記憶屋ジョニイ」のワケわからんぞサイバーパンクな訳文が懐かしくなったりします。これがきっと中毒症状というものなのでしょう(爆。

ということで、原著“Burning Chrome”は遠くなりにけり、もう20年以上前の作品ではあっても、収録作品「ガーンズバック連続体」に描かれた世界よろしく、古びることもなく、色あせることもなく、再読に耐える小説だと思います。

電脳世界に自らを没入させる「サイバーパンク」な設定はなくとも、ギブスンの作品らしい、孤独な主人公たちが点在する寂しげな風景は、秋に読むにふさわしいのではないかと思います。

たとえば、「辺境 Hinterlands」。

〈ハイウエー〉と呼ばれる、謎の空間へ入った者たちは、第一号のオルガを初め、みな精神に異常を来たして帰還します。彼らを世話する〈代理〉である、主人公トビーの感慨-

オルガは、どこをどうしてか、この成り行きを見通していたにちがいない。そこまで見ぬいていたにちがいない。オルガはあそこへの道を、自分がいた場所への道を、われわれに知らせまいとした。もしわれわれがそれを見つけたら、行かずにはいられなくなるのを知っていたんだ。いまでさえ、あれだけのことを知りながらも、まだおれは行きたくてたまらない。けっして行けることはないのに。

たとえば、「冬のマーケット The Winter Market」。

自分が何をしたいのか、つねに知っている女、リーゼ。彼女の思考から生まれたゲーム「眠りの王」は三百万コピーを売る大ヒットとなります。編集に携わったケイシーの思い-。

これまで何万人の、いや、ひょっとしたら何百万人の驚異的なアーティストが、ここ何世紀のあいだに、沈黙の中で死んでいったのだろう、と思わず考えたくなる。彼らはどうころんでも詩人や、画家や、サックス奏者にはなれないが、自分の中にこの才能、この精神的な波形をかかえていて、あとはそれをとりだしてくれる回路さえあればよかったのだ…と。

ご覧の通り、この人の書く文章には、薄暮から夜にかけて、地下のライブハウスに沈んでいく歌声のような、独特の雰囲気があります。ロックでいうとヴェルヴェット・アンダーグラウンドの曲を思い出すなあと思ったら、ルー・リードが好きだと解説にあったので、なるほどねと思いました。

ウィリアム・ギブスン著
浅倉久志 他 訳
早川文庫

短編
ハードSF度   ☆☆☆☆☆(「竜の卵」を★5とカウント)
ファンタジー度  ☆☆☆☆☆  
個人的好み   ★★★★★

〈お好きかも〉
三度のメシよりサイバーパンクな方
やっぱりルビが好きな方
ギブスンのファン

その他のSFのオススメは↓タグからどうぞ。
[PR]
by silverspoonsjp | 2006-11-03 23:51 | センス・オブ・ワンダーの本
上下巻で800ページを超える長編ですが、なーに、「指輪物語」に比べたら短編もいいところです(←間違った認識)。

物語は、
1.「スカヤグリーグ」という不思議な名前のゲームに魅せられ、その成り立ちと作者を知りたいと調査を始める「私」のパート

2.障害者の間に密かに伝わる「スカヤグリーグ」の伝説に魅せられ、それをゲーム化した脳性麻痺の少女、「エスター」のパート

3.奇跡の物語「スカヤグリーグ」の主人公「アーサー」のパート

からなっています。始め3、2、1の順番で語られていたので何がなんだかわからなかったのですが、数十ページ進むと、エスターの物語(2)が中心になって、どんどん話が展開していきます。

エスターは事故死した母親から生まれる際に重い脳性麻痺を患います。彼女に知性があるかどうかも疑われていたのですが、周囲の人々の助けに恵まれ、優れた数学の才能を持つことがわかってきます。装置の助けを借りて、自分の意思を伝えることも出来るようになりました。

まず、この段階に辿り着くまでが涙なくしては読めません。妻を亡くしたエスターの父が、娘への愛情に目ざめるところ、そして娘を亡くしたエスターの祖父母が、エスターを認めるまでの長い苦悩…。

エスター自身も、自分の感情をぶつけるだけではなく、周りを思いやるまでに成長するまで大変な道のりでした。そして彼女は、「スカヤグリーグ」の物語をゲームの形で一つの世界へと作り上げるのに没頭し始めます。

ここでいうゲームとは、コンピュータを使ったロール・プレイングゲームのことですが、このゲームのテーマは剣と魔法のファンタジーではなく、「スカヤグリーグ」の伝説とエスターの人生が語られ、プレイヤーはゲームを進めながら、人生の意味を探っていくというものです。

「スカヤグリーグ」とは、アーサーという障害者が、ほとんど牢獄のような施設に入れられ、無理解と虐待に苦しみながらも、「スカヤグリーグ」の存在に助けられて、いつも希望を持ち続けるという、障害者の間に伝わる伝説でした。エスターはこの話を実在する人物の伝記だと感じ、アーサーを捜し、スカヤグリーグとは何なのかを知ろうとします。

この手の話には珍しく、ちゃんとこの探求譚には答えが用意されています。その点も、この話を読んでカタルシスが得られる一つの大きな要素だと思います。

飽きさせないためか、途中に何カ所か通俗小説みたいな描写があって前後と不釣り合いな感じがするのは残念ですが、一気に読ませる小説です。ただし、翻訳は直訳が多く、日本語としてかなり気になるところがあります。

たとえば、部屋の描写で「素朴な部屋だった」というのがあるんですが、「質素な部屋」とか「飾り気のない部屋」とはいうけど、「素朴な部屋」って何なんだろう??と思ったり…。

と、ときどきじれったくなりつつも、この話をわが事のように読んでしまったのは、意思の疎通ができないもどかしさが良く描けていたためです。外国にいて、言葉ができないときに感じるあの辛さをありありと思い出しました…もちろん、エスターの苦悩とは比べものになりませんけど。こちらは大人なのに、言葉が片言なばかりに、見下されたり、幼児のような扱いを受けるのは本当に辛いものです。

だから、外国人が日本で片言の日本語をしゃべっていても、ゆっくりわかりやすい日本語で、でも失礼な態度にならないよう返事をしようと心がけています。あ、それから、そういうとき英語で返事されたりすると、日本語学習者としては傷つくんですよねー。気をつけましょうね。

「スカヤグリーグ」は1994年に映画化もされてるようです。

原題は「Skallagrigg」。これが何を意味するかが、物語の重要な鍵になってます。

角川書店
ISBN4047911895
現在は品切れのようです。
私は図書館で借りて読みました。

さて、「スカヤグリーグ」のゲームには、エスターの人生が織り込まれており、たとえば、こんな選択肢が用意されています。(本文通りだと長いので要約します)

あなたの子供が障害児であることがわかり、
あなたにはその子を生かすことも殺すこともできるとします。
生かすにはLを 殺すにはDをタイプしなさい。

…重い問いですが、このゲームを先に進めるためには何かタイプしなければなりません…。

答えてみる
[PR]
by silverspoonsjp | 2006-10-28 23:54 | センス・オブ・ワンダーの本
えっ、この本、SFなの?!と思った皆様。
残念ながら(笑)、この本はれっきとしたSFです。

著者のカズオ・イシグロといえば、「日の名残り」。
抑えた筆致の中に、豊かな情感が詰まった作品を書く作家で、
「わたしを離さないで」もそういった作品の一つです。

物語は、良くあるイギリス寄宿舎生活の体裁を取って始まります。
介護人キャシーは回想します。
親友だった仲良しのリーダー格の女の子ルーシー、
かんしゃく持ちの男の子だったトミーの思い出や、
エミリー先生を始めとする厳格な教師たちの言葉…。

繊細な筆致で少年少女時代を描いた、普通の文学としても十分通用する物語のところどころに、まるで地雷のように、見慣れない単語や奇妙な出来事が埋め込まれています。
そして-。

***
あらすじをこれ以上書いてしまうと、新鮮な驚きがなくなってしまうと思うので
ここまでにしておきますが、類似の作品と比べてしまったりしたせいもあって、
登場人物の行動に何ともいえないもどかしさを感じてしまいます。
SFとしては、失礼ながら使われているのはあまり斬新なアイデアでもないし。
作品解説が柴田元幸さんらしからぬ煮え切らない文章なので、
ますますそう思ってしまったのかもしれません。

しかし、考えてみれば、この何ともいえないもどかしさこそが、
イシグロ作品の特徴である「抑制」を作りだしているのであり、
そしてその「抑制」こそが、イギリス的、と我々外国の読者が捉える長所であり、
物語としての妙味なのでありましょう。

タイトルの「わたしを離さないで」とは、主人公のキャシーが大切にしていた、カセットテープの中の歌のタイトル。

“Never Let Me Go”は「決して私を行かせないで」だから「わたしを離さないで」なんですが、
日本語から考えると「離さない」は徹頭徹尾相手の行為なのに、英語は「私が行くことをさせない」なので、意味は同じでも切実さが違うような気がします。

訳文は格調が高く、自然な日本語です。

土屋政雄訳
早川書房 1800円
4152087196

あらすじがわかっても良い方は

こちらからどうぞ
[PR]
by silverspoonsjp | 2006-10-22 21:27 | センス・オブ・ワンダーの本
安静状態も4日目になると退屈で退屈で、つい起きあがって本を読み出してしまいました。寝てると本を読めるというのはウソで、遠視気味の私には間近で本を読むのは辛いです。やはり健康第一ですね。

外に出られないのでせめて大ボラ系のSFを…と思って取りいだしたるはベイリーの長編。またしても「ありえねー」系のタイムトラベルものであります。

異星人の侵攻に怯える地球では、過去に撃退した異星人の遺跡調査が重要な任務として遂行されていました。考古学者のヘシュケはそんな中、奇妙な写真を入手します。それを信じるならば、異星人によって過去に作られ、破壊によってすでに放棄された遺跡が、現在に向かってどんどん新しくなっていくのです。

そんなアホな…。

しかし事態は彼の考えるよりずっと深刻でした。異星人はすでに時間を遡る機械を持っており、地球でも密かにその複製品が作られ、研究が進められていたのです。

後に書かれた「禅銃〈ゼン・ガン〉」でさらに大増量される、延々数ページを占領するゴタクの数々(今回は時間の概念についてみっちり教えて頂けます)に耐えられるかどうかが、この本を楽しめるかどうかの分かれ道-とは私は思いませんで、そんなページはひょひょいとタイムトラベルして先を読んでも、特に大筋に影響はないのであります。

しかし、時間というものの正体は一体何かということについて考えるには良いきっかけとなることは確かです。ただし、過去の出来事は見えるが、未来の出来事は起こっていないので存在しないという本書の考え方について我が家では大激論となりましたので、このくだりは平和を望むご家庭では特にワープした方が吉でしょう。

さて、複製されたタイムマシンに乗り、遺跡の謎を解くために送り出されたヘシュケには、思いも掛けない展開が待ち受けていました。時間を自由に操る技術を持った(なぜか)中国系のレトルト・シティとの邂逅、恐るべき運命に捉えられた地球の行く末など、著者一流の派手な話が展開いたします。

ちょっと過去へ行って一儲け、とか、ステキな運命の彼氏をゲット、とか、意外にささやかなお話の多いタイムトラベル・ジャンルのお約束をなぎ倒し、宇宙が道連れのタイムトラベル、果たして明日はどっちだ?!

バリントン・J・ベイリー 著
大森望 訳
創元SF文庫

長編
ハードSF度   ★☆☆☆☆(「竜の卵」を★5とカウント)
ファンタジー度  ★☆☆☆☆  
個人的好み   ★★★★☆

〈お好きかも〉
設定資料を読むのが好きな方
タイムトラベルものが好きな方
このさい、煙に巻かれてやってもいいという寛大な方
ベイリーのファン

その他のSFのオススメは↓タグからどうぞ。
[PR]
by silverspoonsjp | 2006-10-08 22:01 | センス・オブ・ワンダーの本
 お話は簡単だ。むかし、ひとりの少年が地球という惑星を買い取った。痛い教訓だった。あんなことは一度あっただけ。二度と起こらないように、われわれは手を打った。少年は地球へやってきて、なみはずれた冒険を重ねたすえに、自分のほしいものを手に入れ、ぶじに帰ることができた。お話はそれだけだ。

 という、過不足のない、先を読まずにはいられない書き出しで始まる長編小説。「ノーストリリア」(オールド・ノース・オーストラリア)とは惑星の名前で、銀河随一の金持ち惑星でありながら、砂漠と羊しかない、素朴な文化を保っている場所です。

 多くの人口を養うことのできないこの場所では、産児制限などという汚らわしいことはせず、子供にはとりあえずは成長の機会が与えられて、幼児期が終わるころに選別され、不適格者は〈死の庭〉に送られることになっています(おや、最近どこかで似た話を聞いたような)。

 われらが主人公、ロッド・マクバンは、テレパシー能力に欠けると判断されており、このままでは〈死の庭〉行きは確実だと見なされていました。しかし、彼には……。

 見方によっては非常に残酷な運命、残酷な境遇を淡々と受け入れる登場人物たちに、幼少期を世界各地ですごした作者の経歴や、彼の生きた時代が色濃く投影されているのではと思うのですが、定められた枠の中で最良と思われる生き方を、自らの手でつかもうとする彼らの姿には深い共感を覚えます。

 どんなに「自由」であると思っていても、人の生き方は周りのあらゆる条件によって規定されている、と作者は考えているようです。そんな状況の中で、自分がいちばんしたいこと、欲しいものが何かを、一体どうやって、どこに探せば良いのだろうか。 

 少年少女を主人公にしたすぐれた小説が投げかけてきたのと同じ問いを、この作品も投げかけてきます。その答えは限りなく優しくて切ないもの。理不尽な規則、全体のためには個人が犠牲になる冷酷な社会制度に憤りを覚えながらも、読んで良かったと思えるのは、あくまでも人間を肯定的にとらえる、作者の理想主義的な姿勢のゆえかもしれません。 

前に取り上げた「鼠と竜のゲーム」と同じ世界を共有しているので、併せて読むのも面白いです。

コードウェイナー・スミス著
浅倉久志訳
早川書房
ISBN4150107106
長編

ハードSF度   ★☆☆☆☆(「竜の卵」を★5とカウント)
ファンタジー度  ★★★☆☆ SF(サイエンス・フィクション)度 
個人的好み   ★★★★☆

〈お好きかも〉
少年が主人公なら何の文句も無い方
「ゲド戦記」(原作ね)のファンでもイケるかも知れない
レイ・ブラッドベリのファンでもイケるかも知れない

SFのその他のオススメ作品は、下のSFタグからどうぞ。
[PR]
by silverspoonsjp | 2006-10-01 11:16 | センス・オブ・ワンダーの本
a0003079_12332663.jpg
「ユービック」…奇妙なタイトルです。何か変な機械の名前か、人の名前かしら。地名かも知れない…と期待しながらページを繰ると、第一章の冒頭に、いきなり説明があります。

みなさん、一掃セールの時期となりました。当社では、無音、電動のユービック全車を、こんなに大幅に値引です。そうです、定価表はこの際うっちゃることにしました。そして-忘れないでください。当展示場にあるユービックはすべて、取扱い上の注意を守って使用された車ばかりです。

なーんだ、ユービックって車かぁ…。特別な機能があるのか、不思議な車なのかしら…ともあれ、思っていたより平凡な展開らしいとガッカリしつつ、本文を読み始めると、一行目から唐突に、太陽系最高のテレパス(読心能力者)が行方をくらましたという尋常ならざる事態から物語が展開します。

「不活性者」の反超能力を使って超能力者を押さえ込む会社を経営しているランシターにとって、超能力者の足取りが掴めなくなることは大いなる危機です。助言を仰ぐため、彼は妻の元へと赴くのですが…

と章が変わり、また短い「ユービック」の説明が始まります。

一番いいビールの注文のしかたは、ユービックとさけぶことです。よりぬきのホップと吟味された水を原料に、完全な風味をつけるためゆっくりと醸成されたユービックは、わが国最高の特選ビールです。クリーブランドでしか作られていません。

あ、あれ…?たった10ページかそこらで車がビールになってしまいました…これは一体…。

その瞬間、こちらは見事にディックの術中にはまっています。ページから忍び寄る悪夢の予感、しかし、あまりにも巧みな語り口に引き込まれ、続きを読まずにはいられません。恐るべし、フィリップ・K・ディック!

そして私たちは出し抜けに悟るのです。私たちはすでに「ユービック」という言葉を知っている!この発見によって、読み手はさらなる悪夢の中へ-いえ、夢の中で私たちは、これが夢かも知れないなんて考えたりしないのだから、自分が生きているかどうかすら疑っている主人公ジョー・チップの状態というのは、もっと救いようのない状態なのでしょう-引きずり込まれていきます。いや、違う。自分は同じ場所に座っているのに、場所が崩壊していくんだった。

最終章で、ユービックの正体すら実は知っていたのだと読み手を愕然とさせながらも、奇妙な慰めを与えて物語は終わります。

構成の巧みさ、読み手に与えるインパクトの大きさで言えば、「ブレードランナー」というタイトルで映画化されたディックの代表作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を超える作品ではないでしょうか。作者はこうして世界を作り、作られた世界は崩壊していく。私たちが属しているこの世界はどうやって作られたのかをシミュレーションしてみせるかのように。それが「ユービック」についての私の「読み」なのですが…。

なお、本書裏カバーについている作品紹介はネタバレではないのですが、読むと新鮮さが薄れるかもしれませんので、見ない方がいいかもしれません。

フィリップ・K・ディック著
浅倉久志訳
早川書房
ISBN415010314
長編

ハードSF度   ★★☆☆☆(「竜の卵」を★5とカウント)
ファンタジー度  ★☆☆☆☆ SF(サイエンス・フィクション)度 
個人的好み   ★★★★★★(一個おまけ)

〈お好きかも〉
とんでもない設定でも一応は読んでみようという、チャレンジ精神旺盛な方
フィリップ・K・ディックのファン
ミステリーやホラーのファンでもイケるかも知れない

SFのその他のオススメ作品は、下のSFタグからどうぞ。
[PR]
by silverspoonsjp | 2006-09-24 12:33 | センス・オブ・ワンダーの本
a0003079_23195181.jpgさて、ここで一つ手強い作品に参りましょう。とは言っても、理屈っぽいSFではないので、これがファーストSF、ということでも好きな人は好きになるだろう短編集であります。

全く偶然に、収録作の「アルファ・ラルファ大通り(Alpha Ralpha Boulevard)」というタイトルに惹かれて、本も手にとってみた、というだけなのですが、作品を読む前に、まえがきですでにノックアウトされてしまいました。

コードウェイナー・スミスというのはペンネームで、本人は戦時下においてはアメリカ陸軍情報部の大佐であり、戦後は日本・中国・フランス・ドイツで少年時代を過ごし、あの孫文に「林白楽」という中国名を授けられた、という、ある意味SF的な経歴の持ち主。

「運命が決められている人々」というモチーフはカート・ヴォガネット・ジュニアの『タイタンの妖女』に通じるところがありますが、予告された通りに物語が進む運命論的な語り口は、どことなく東洋っぽいものを感じさせます。

友情や優しさ、ロマンスやハッピーエンドといった要素がちりばめられていながら、読み込んでいくうちに、社会の仕組みの冷酷さというか、組織の論理みたいなものに気づかされたりもします。

そして何といっても一番の魅力は、一種独特のセンスを持った、そのことばの遣い方です。例えばタイトルでは、先にあげた「アルファ・ラルファ大通り」の他にも、
「スキャナーに生きがいはない(Scanners Live in Vain)」
「黄金の船が-おお!おお!おお!(Golden the Ship Was- Oh!Oh!Oh!)」
など印象的なものがありますし、
何の説明もなく文中に登場する「人類補完機構(The Instrumentality of Mankind:この訳は面白いですね。「エヴァンゲリオン」にも引用されてます)「クランチ」といった用語にも惹かれます。たとえば、「アルファ・ラルファ大通り」の一節-


「それできまった」とマクトはいった。「三人でいっしょに戻ってみましょう」
「戻るってどこへ?」とわたし。
「アバ・ディンゴへ」
(中略)
「そこへはどうやって行くんですか?」とヴィルジニー。
マクトは悲しげに眉をひそめた。「道は一つしかありません。アルファ・ラルファ大通りです」ヴィルジニーが立ち上がった。わたしもそれにならった。


ここへ至るも、アバ・ディンゴって何なんだ?アルファ・ラルファ大通りって何??とはてなマークが頭の中で点灯しっぱなし。最後まで、はっきりとは説明されない用語も多数あり、いろいろと解釈できて面白いです。

とは言っても、アシモフの「ファウンデーション」同様、スミスの「補完機構」も切れ切れながら、一つのまとまった世界を形作っているので、続けて読むとそれなりにわかりはしますが…。

コードウェイナー・スミス著
伊藤典夫、浅倉久志訳
早川文庫
ISBN 4150104719

短編
ハードSF度   ★★★★☆(「竜の卵」を★5とカウント)
ファンタジー度  ★★★☆☆ SF(サイエンス・フィクション)度 
個人的好み   ★★★★★

〈お好きかも〉
意味のわからない言葉でも響きがよければ好きな方
見方によっては暗い作品でもOKな方
イメージするのも困難なほど途方もない話が好きな方

SFのその他のオススメ作品は、下のSFタグからどうぞ。
[PR]
by silverspoonsjp | 2006-09-21 23:22 | センス・オブ・ワンダーの本
a0003079_21222643.jpg
SFは忘れたころにやってくる。
今回のオススメは「カエアンの聖衣」でございます。
どうも品切れのようなので図書館で探すしかなさそうなのが玉にキズですが、めくるめくSF小ネタアイデア満載なこの作品、ぜひ復刊して頂きたいものです。絵になる内容なので映画化しても面白そうなんだけど、ヘタするとまるでまとまりのない話になりそうな予感もする…。

原題は「The Garment of Caean」なので別に「聖」とも宗教とも関係なく、スーツの話なんですが、確かにお話の中では「聖」と言いたくなるような、特別な衣服なのです。良く、「服に着られる」といいますが、比喩じゃなく、カエアン製の服を着ると本当に操られてしまうのであります。

カエアンの文化を怖れる惑星ジアードの研究者は、服の秘密を探りだそうと調査をするのですが、一方で民間人はその魅力に抗しきれず、危険を冒してまでカエアンの難破船から衣服をくすねて売りさばこうとします。

この2つの話が、合間に、宇宙空間で敵対するUSSR人と日本人のなれの果て(ヤクーザ・ボンズって何??)の「文化はお互いに排斥する」エピソードとか、「服は人なり」というセルフ・イメージのエピソードなんかを挟みながら交差してゆきます。

そしてついに彼らはカエアンの地へ…というところまでなら、「衣服と人間の関係を描いたフィクション」ってことで終わってしまうのですが、この話はそこから先がすごい!「よくもここまで大風呂敷を広げたものだ! さすがSF!」と唸らせる展開が待っていて、タイトルから予想する内容なんか吹っ飛んでしまうのです。

惑星どころか宇宙全体を股にかけた大仰大げさなSFジャンルを「ワイドスクリーン・バロック」というそうですが、この作品は代表格。カエアンの超級スーツを着て、宇宙の果てまで行っちゃいましょう。

バリントン・J・ベイリー
早川書房
415010512X

長編
ハードSF度   ★☆☆☆☆(「竜の卵」を★5とカウント)
ファンタジー度  ★☆☆☆☆  
個人的好み   ★★★★☆

〈お好きかも〉
音楽ならプログレ!な方
杜甫より李白が好きな方
どうせやるならデカいことやりな派の方
ファッション・ヴィクテムを自認する方

その他のSFのオススメは↓タグからどうぞ。
[PR]
by silverspoonsjp | 2006-09-01 22:02 | センス・オブ・ワンダーの本
a0003079_21121418.jpg
小説の面白さ、というとストーリーの面白さと同義のように考えがちですけれども、「星を継ぐもの」の面白さはもうちょい違うところにあります。

もちろんストーリーも面白いです。
イギリスの科学者ヴィクター・ハントは、突然アメリカへ呼ばれます。
理由は、月面で発見された遺体を分析するため。
何をそんな大げさな…と彼ならずとも思いますが、チャーリーと名付けられたこの遺体は、なんと5万年前のものだったのです。
なぜそんな大昔に人類が月にいたのか、そもそも「チャーリー」は人類なのか…。

この謎を解くため、古生物学、数学、言語学…等々のエキスパートが仮説を立て、議論を進めていくくだりが物語の中心になっていて、その過程がエキサイティングで面白いんです。

「サイエンスフィクション」たるゆえんが舞台や小道具だけではなく、「科学的な手続きによって議論を進める」という物語の進行そのものにあるのが斬新。
読み手も、自分もメンバーとして真相究明に参加しているような、臨場感あふれる読書体験ができることでしょう。

沈着冷静なハント、切れ者のコールドウェル、科学者魂あふれるダンチェッカーなどキャラクターも魅力的ですし、遺品が解読されていくにつれ、ただの分析対象でしかなかった「チャーリー」にも親しみが湧いてくるのがまた不思議です。

エピローグの余韻も、爽やかな読後感を与えてくれます。

ダンチェッカーの発言から取られたものと思われる、本のタイトルも印象に残ります。原題は“Inherit the stars”。うまい訳ですね。

ジェイムズ・P・ホーガン
東京創元社
ISBN 4-488-66301-X

長編
ハードSF度   ★★★★★(「竜の卵」を★5とカウント)
ファンタジー度  ☆☆☆☆☆  
個人的好み   ★★★★☆

〈お好きかも〉
ミステリーが好きな方
SFらしいSF作品を読んでみたい方
重く心に残るよりも、爽やかな読後感を求める方

その他のオススメはこちら
[PR]
by silverspoonsjp | 2006-08-04 21:17 | センス・オブ・ワンダーの本