本と読書をめぐる冒険


by silverspoonsjp
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カテゴリ:センス・オブ・ワンダーの本( 58 )

すてきなあなたに

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『暮らしの手帖』に連載されている同名のエッセイをまとめたもの。内容もタイトル通り「すてき」ですが、なによりも、レイアウトがたまりません。上の余白に上品なイラスト、題字のところは各巻違う色の書き文字です。この配置が実に絶妙。装幀も上品です。

タイトルの「すてきなあなたに」の後はどんな言葉が続くのでしょうか。私は、いつも「なれますように」と補って読んでしまうのですが…。

いつか外国に行かれるとは思ってもいなかった子供の頃、エッセイに出てくる世界中のエピソードをわくわくしながら読みました。大人になった今は、仕事をしていく上での心配りや、おいしいレシピのエピソードを楽しんでいます。本を贈るのは相手の好みもあるのでいつも控えているのですが、この本だけは自信をもって、就職を控えた方に贈っています。

毎日の生活に楽しみを見つけよう、というコンセプトの文章や雑誌がようやく増えてきたなかでも、この本に収められたエッセイがことに心に響くのは、戦争を知っている世代の方が書いたからでしょう。平和な日常を大切にしようとする気持ちが、短い文章に輝きを添えています。

ハードカバー版の他に、最近カラーイラストをあしらった雑誌タイプの版が出ました。本の中から食に関するエッセイやレシピを集めたもので、こちらもお勧めです。
「すてきなあなたに」第1巻~第4巻
各巻とも 1800円

別冊「すてきなあなたに」
A4版変形判
112ページ オールカラー
780円

詳しい内容はこちら
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by silverspoonsjp | 2005-03-19 23:55 | センス・オブ・ワンダーの本

島暮らしの記録

a0003079_23543420.jpg見返しに地図の載った本を見ると無条件に欲しくなったりしますが、この本の地図はまた格別。挿絵画家である、トーベ・ヤンソンの母親が描いたものだそうです。

この本はタイトルの通り、ヤンソンが友人トゥーティーとともに、絶海の孤島で暮らした記録です。余計な描写はいっさいなく、極端にそぎ落とされた文章で淡々と綴られています。

それでも、ビューフォート八級の風、ブレド岩礁、島に行くときの荷物の一覧表、完璧な静寂…等々、見慣れない単語の列、風景描写の合間合間に、作者の心のありようが透けてみえるような気がします。

以前、彼女の島での生活を紹介した展覧会を見に行ったことがあり、思いのほか楽しそうな様子に心を動かされましたが、本の中ではもう少し、島暮らしの静けさが深まっているようです。

白黒写真を使った何気ない装幀が大変印象的、と思ったら、なんと、祖父江慎さんの作品でした!「伝染るんです」の凝りに凝った造本(のおかげで山ほど返品が来たという伝説がある)を手がけた方です。

トーベ・ヤンソン著
筑摩書房 1997年
ISBN: 4-480-83705-1
167 ページ 1900円
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by silverspoonsjp | 2005-03-05 23:53 | センス・オブ・ワンダーの本

バベットの晩餐会

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ノルウェーの小さな田舎町に、父である牧師亡き後、信仰を守って暮らす2人姉妹がおりました。そこへ、フランス内戦の嵐を逃れ、バベットがやってきます。質素でつましい生活にも文句一つ言わず、女中として働くバベットのもとへ、突然驚くべきニュースが舞い込みます。その結果、彼女はこれまで良くしてくれた女主人たちのために、一夜の晩餐会を開かせて欲しいと頼み込むのでしたが…。

先に映画を見て、それから買った原作本です。文庫本にして80ページくらいの短い物語ですが、10年以上経つのに、今でも繰り返し繰り返し読んでいます。運命に翻弄されながらも誇り高いバベットと、彼女の後ろに「フランス」を感じて怖じ気づいている北欧の人たちの造形、単純に見えて奥深いストーリー、芸術と芸術家の魂についての描写のみごとさ、どれをとっても素晴らしい作品です。

バベットはフィリッパをじっと見つめた。不思議なまなざしだった。多くのことを語っていた。同情をしてくれる者に対する憐れみ、その底には軽蔑とみなされかねないものすらあった。
「みなさんのため、ですって」とバベットはいった。「ちがいます。わたしのためだったのです」
バベットは物切り台から腰を上げると、ふたりの姉妹の前に立ちはだかった。

「芸術家が次善のもので喝采を受けるのは、恐ろしいことなのです。あのかたはおっしゃいました。芸術家の心には、自分に最善をつくさせてほしい、その機会を与えてほしいという、世界じゅうに向けて出される長い悲願の叫びがあるのだと」


併録の中編、中世ロマンス…というよりは、なにやら神話的な色彩を持つバーベンハオゼンの盾持つ乙女の物語「エーレンガード」もお勧め。

イサク・ディーネセン著 桝田啓介訳
ちくま文庫
680円
ISBN4-480-02601-0
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by silverspoonsjp | 2005-02-23 21:39 | センス・オブ・ワンダーの本

博士と狂人

a0003079_21263722.jpg収録語数41万語という膨大な英語辞書、「オックスフォード英語大辞典(OED)」。編集主幹のジェームズ・マレーとそのスタッフは過去に例のないこの大辞典の編纂プロジェクトに追いつめられていました。そこへ、無償の篤志協力者として、「クローソンのW.C.マイナー博士」なる人物が用例のカードを送ってくるようになります。必要なときに必要な用例を送ってくるマイナー博士の仕事ぶりはスタッフを驚嘆させました。

正体を明かさないまま厳密な仕事をするこのすばらしい男は、いったい何者なのか?…クローソンはオックスフォードから40マイルと離れていないし…鉄道で1時間のところにある。なぜマイナーのように非常に優秀で精力的な人物が、これほど近くにいながら一度も姿を見せないのだろうか?…深まる一方だった謎の答は奇妙な形で明らかになった。学者で図書館長でもある人物が1889年に写字室に立ち寄り…クローソンにいる博士のことを口にしたのだ。
 情け深いジェームズ・マレーが彼にたいへん親切にしている、と図書館長の学者は言った。「不幸なわがマイナー博士に、本当によくしてあげていらっしゃいますね」
マレーは息をのんだ。


と、ミステリー仕立てのスパイスも効かせつつ、この本は辞典編纂についてかなり本格的に記述してあり、その点が一番興味深かったところです。
実際にはとても地味な作業にかんする物語なのですが、貧しいながらも独学で言語学を身につけ、編集主幹にまでなったジェームズ・マレーと、裕福な元アメリカ軍軍医・マイナー博士、この二人の人物の奇妙な交流を軸に、人間ドラマも織り込まれた巧みな構成で綴られていて飽きません。

実は『指輪物語』に興味を持つまで(著者のトールキン教授が編纂に関連したということで…)、OEDなどめくってみることもなかったのですが、読んでみると非常に面白く、言葉の意味を調べるという以上の楽しみを与えてくれます。ただ、いま一般に私たちが使う辞書とは、かなり体裁が違います。一番違うのは歴史主義の記述であることで、これは最近の使用頻度重視の記述とは全く違う編集方針です。

なぜこのような編集方針になったのかは、英語辞書の編纂史をひもといてみなければなりません。
本書の説明によれば、18世紀に入ってイギリスの文壇の大御所たちは、国家の標準言語を定め、そのうえで変更が許されるかどうかを英語の権威が決めるべきだと主張しました。しかし、実際に辞典編纂に携わった文学者たちは、それが不可能であり、望ましくもないことを悟っていました。
「恣意的な使用と慣習しだいの言語は、永遠に同じ状態であるわけにはいかず、絶えず変化する。そして、ある時代には上品で洗練されていると思われた言葉が、別の時代には粗野で品位に欠けると見なされることもある…」(ベンジャミン・マーティン)

そして1857年、まったく新しい辞典の編纂が正式に提案されます。ロンドン図書館で、言語協会参事会長のリチャード・シュネヴィクス・トレンチが行った講演にはこうあります。

「辞典とは単に「言語の目録」であり、決して正しい用法を教えるための手引きではない。辞典編纂者には良いか悪いかという基準で単語を選んで収録する権利はない」
「それぞれの単語の誕生から死までを示し、いわば単語の一代記をつくるためには、その単語がいつ生まれたかを知り、出生の記録をつけることが重要である。その原理にもとずいた辞書はあらゆる単語についての用例を文献から引用し、その単語が初めて使われた時を示さなければならない。そして、その用例のあとに、意味の変遷を示す文を載せなければならない。辞典は史的記念物である。…」


しかしそれは、考えるだに膨大な作業でした。ある時代にある単語がどのように使われていたのか示すには、膨大な文献の中からその一語を探す必要があります。そこで、新しい辞書では、何百という無償の篤志協力者を募り、用例を抜き書きしたカードを送ってもらうことで問題を解決しようとしました。冒頭のマイナー博士もこの協力者の一人でした。

どんなことにも苦労はありますが、70年以上の歳月を費やして辞典を作るのは並大抵のことではなく、本書にもところどころ、辞典編集の作業についての、何とも身につまされる記述が登場します。

マレーは説得されて乏しい給与と際限のない労働時間にもかかわらず、もっぱら辞典編纂の仕事に携わることにしていた。…最初の数年間は幸福とはほど遠く、やめようと心に誓ったことが何度もあった。出版局の理事会はお金は出さずに口を出し、仕事のペースは耐え難いほど遅く、はてしない労働時間のために健康はそこなわれた。

「こうしたことをやったことのある者だけが、編集主幹や編集補佐の困惑がどんなものかわかるでしょう。編纂者はaboveのような語の用例を…20、30、40というグループに分類し、それぞれに仮の定義をつけ、それをテーブルか床に広げて全体を見渡せるようにし、チェス盤の上で駒を動かすように何時間もかけてあちこち置きかえ、その後の歴史の記録に不完全なところがないかどうか、ごく些細な点もみのがすまいと奮闘し、一連の意味が語の発展のようすを論理的にあらわすようにしようと懸命に努力しているのです」
(マレーの言語協会の会長就任講演から)

「オックスフォード英語大辞典」は結局、1928年に12巻からなる第1版が発行されます。

本書の章扉には、OEDの中から本文に関係する単語の記述が引用されていて、洒落ています。
ここから一つ、引用させていただきましょう。2章 牛にラテン語を教えた男、の扉の引用は…

Philology [チョーサーにおいてラテン語philologia;おそらく17世紀のフランス語philologie、ラテン語philologia,ギリシア語φιλολονια,φιλογοζ話好きな,口数の多い;討論や議論が好きな;言葉をよく学ぶ;学問や文芸を好む,著作の;f.φιλο- PHILO +λογοζ言葉,話すこと,など ]
1学問や文芸を好むこと;広い意味での文献の研究,それには文法や文芸批評,文芸作品の解釈,文献や記録文書と歴史との関係などの研究が含まれる;文芸や古典にかんする学問;高尚な学問.



博士と狂人
1800円
サイモン・ウィンチェスター著
鈴木主税 訳
早川出版社
ISBN4-15-108220-8
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by silverspoonsjp | 2005-02-18 21:27 | センス・オブ・ワンダーの本
a0003079_23105376.jpg実際に旅行に行っているときより、計画立てているときのほうが楽しいことって、ありますよね。私はハプニングが起こる旅が好きなので、旅には絶対にガイドブックを持っていきません。ただ、行く前や帰ってきたあとに、ガイドブックを眺めるのは大好きです。

この「上海歴史ガイドマップ」は、唯一例外で、持っていったらよかったな、と思った本。上海をいくつかの地域にわけた地図帳ですが、良く見ると、現在の地名の下に別の色で、戦前の地名やビル名が記されています。オールカラーの地図のほか、本の後半には主な建物・地域の由来と解説、現在と過去の地名を検索できる索引がついています。上海のモダン建築や歴史に興味のある方なら、10冊のガイドブックよりこの1冊を強力にお勧めします。街のところどころに「○○暗殺現場」なんて入っているのも上海の歴史の一面ですね…。

この本の内容と特色についてはこちらがとてもわかりやすい紹介になっています。

木ノ内誠編著 
大修館書店 1999年
3,150円 214p
ISBN4ー469ー23205ーX

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また、上海の本屋さんに入ると、現地で編集・出版された「自助旅遊」ガイド本も目につきます。「自助」とはセルフヘルプの意味で、日本流でいうと「歩き方」シリーズのような個人旅行者向けの本に近いでしょうか。歴史建造物を見て歩くものとか、映画のロケ地めぐりとか、サブカルチャーシーンを観察する内容など、切り口もさまざまで面白いです。中国語がわからなくても、かなり旅の良いヒントになるのではと思います。
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by silverspoonsjp | 2005-01-23 23:24 | センス・オブ・ワンダーの本

アウステルリッツ

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いつもは割合さっさと読んでしまうのですが、この本を読み終えるには時間がかかりました。タイトルが気になって手に取ったので中身については予備知識を持ち合わせていなかったのですけれども、今ちょうど興味を持っているプラハが舞台になっていたことも奇遇でしたし、平行して読んだ「魔法使いハウルと火の悪魔」とはウェールズつながりがあったことも面白い偶然でした。

アウステルリッツとは、この物語の主人公の名前であり、ナポレオンが戦ったチェコの古戦場の名でもあります。今存在する場所でありながら、過去を強く思いおこさせるこの言葉は、物語を象徴するキーワードともいえましょう。

アントワープ中央駅の待合室で「私」はドイツの英雄ジークフリートのように波打つ髪を持つ、不思議な旅行者を見かけます。彼は「私」に向かって、この駅の成り立ちについて話をはじめます。

大理石の階段ホールに鉄骨ガラス屋根のプラットホームというような、過去と未来を結びつけたそれ自体としては笑止なドゥラサンスリの折衷主義は、じつは、この新時代に現れるべくして現れた様式でした。それにこの様式のおかげで、とアウステルリッツは続けた。かつてローマのパンテオンで神々が人を見下ろしていたまさにその高みに、アントワープ駅では19世紀のいわば神々-鉱業、工業、交通、商業、資本といった神格が、その位階にふさわしい順序で並ぶことになったのです。……そうしてあらゆるシンボルのなかで、とアウステルリッツは語った。最も高い位置に鎮座しているのが、針と文字盤で表される時間なのです。

物語のはじめに登場する、この、皇帝の権力によって作られたアントワープ駅のエピソードは、終わりの方に登場する、大統領の名を冠して作られたオーステルリッツ=アウステルリッツ駅近くの図書館の話へとつながっている、という具合に、しっかりした構成に裏打ちされた物語でありながら、現在と過去を行き来する語り口はモノローグに近く、夢のような印象を読む者に与えます。あたかも装飾をほどこしたファサードが建築の骨格を覆い隠すように。

アウステルリッツ自身が歴史上の出来事によって受けた傷については、かなり具体的な形で繰り返し物語のなかに現れますが、にもかかわらず、どこか捕らえどころがない過去の幻影のようなのです。しかし過去はいつも現在によりそい、見えるものには見えている。

ときどき、こめかみと額に時の流れを感じるような思いがします、この街の底に積もってきた幾重もの層が、積年のうちに私の脳裏に作り出した意識の反射にすぎないのでしょうけれど。

訳文は端正で読みやすいです。表紙の不思議な少年の写真をはじめ、シュールレアリズム時代の小説のように添えられた白黒写真が、薄暮のような物語の雰囲気をいっそう深めています。

W.C.ゼーバルト
鈴木仁子訳
白水社 2003年
289 p  2200円
ISBN 4ー560ー04767-7
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by silverspoonsjp | 2004-12-01 00:23 | センス・オブ・ワンダーの本
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2004年9月、ヴェネチアで行われた第9回国際建築展・日本館のテーマは「おたく」…。
このニュースを聞いて、よくぞ思い切りましたと拍手する一方、輸出大国ニッポンはこんなものまで輸出しちゃうのね…?と複雑な思いにかられたのは私だけではないでしょう。

このテーマがなぜ建築展のテーマとして選ばれたかは、「おたく:人格=空間=都市」というサブタイトルが明快に物語っています。国のメンツをかけた壮大な(かつ虚しい)パビリオンがならぶであろう場所へ本来非常に個人的な趣味嗜好を指す「OTAKU」を持ち込むということは、日本の都市・文化が国家を前提としたものから個人の人格によって成り立つ場所に変わりつつあることを提示し、ビエンナーレ自体の存在基盤に挑戦するものであるといえます。

この展覧会のカタログは「おたく文化」を象徴する美少女フィギュアを同梱した凝った(というか、いかにもおたく的)なつくりになっております。ビニールに包まれた物体がそれで、パーツを組み立てて作ります。開けてないんですけど、さすが海洋堂、ディテールまでちゃんと作りこんであるようです。

カタログ本文は64ページの薄いもので、伊・英・日3カ国語で表記されているため、文章自体は非常に短いですが、森川嘉一郎氏による基調論文、おたくを象徴するいくつかの事物の紹介(おたくの部屋、秋葉原、コミックマーケットなど)など、よくまとまった内容になっています。

日本製のアニメが世界を席巻している今、それに付随する「おたく文化」も拡散の一途を続けているようですし、「おたく」の意味自体も変容を続けているようなのですが、それにしてもねえ…。旧「おたく」観が抜け切らない者からすると、こういう事物はアンダーグラウンドの文化に属するものであって、消費の主役とか、日本文化の重要な一面とかいう評価を正面切って与えられてしまうと急速に面白みを失うし、ある種のセクシャルな嗜好を含んでいるという本来の定義からすれば、表舞台に上げるものではないような感じがします。

平たくいうと、日本の文化として真っ向から取り上げられるのは気恥ずかしいといいますか…。ま、最近は何でもアリですし、「おたく」の意味自体も幅が広くなってきましたので、とやかく言うことではないんですが。それに、抑圧されたものであるからこそ、展示する意味もあるんでしょうしね。

この展覧会が規定している意味での「おたく」の境地には達していませんが、最近の新定義(収入と時間の大部分を特定の趣味にかける人うんぬん)にはかなり当てはまってしまう私としては、かなり心中複雑なのでございます。

森川嘉一郎・編 国際交流基金・著
2004年 幻冬舎
本体 1200円 A5判
ISBN 4-344-00897-9 C0876
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by silverspoonsjp | 2004-11-27 22:23 | センス・オブ・ワンダーの本

ある日突然ぽんと、考えを違う次元に投げ出してくれるという点において、数学はもっともセンス・オブ・ワンダーに満ちている領域といえるかも知れません。その表現方法が難解であるゆえに、「数学の文法」をつかみそこねた私のようなものにとっては、指し示された不思議を存分に味わうわけには到底行かないのが残念ですが。

この本のバッハは、18世紀の大バッハのことで、音楽家。エッシャーは「騙し絵」で知られる20世紀の画家。ゲーデルは20世紀の数学家です。お互い、まるで関係なさそうではありますが、この本では彼らがそれぞれの分野で提示した「不思議の環」について語ります。

直感的にとらえることのできる「不思議の環」はエッシャーによって描かれたものかも知れません。目に心地よいパターンを繰り返しながら、『メタモルフォーゼ』に見られるように、主題からどんどん離れてゆき、また元へ戻るのです。絵は有限であるのに、そこには「無限」が内包されています。

バッハの例でいうと、彼は潜在的な無限が存在するカノン、「諸調によるカノン」を作曲します。プロイセンの宮廷に招かれたバッハは、王に与えられた主題を使ってカノンを作ります。主題からどんどん遠のいていくように聞こえるカノンは、転調を繰り返して高まってゆき、1オクターブ高くなって元の調に自然に戻ってゆくのです。バッハはこの音楽の無限性を意識し、余白に「転調が高まるとともに、王の栄光も高まりゆかんことを」と記しているそうです。

そして、この「不思議の環」を数学的体系の中に発見したのがゲーデルでした。 
 
これらのパラドクスには、共通の犯人がいるように見える。それは自己言及、あるいは「不思議の環」性である。そこでもしすべてのパラドクスを追放するのを目ざすなら、自己言及とそれをひき起こすものを一切追放してしまえばよさそうなものではないか?これは見かけほどやさしいことではない。どこに自己言及が起っているかを見わけることさえ、むずかしいことがあるからである。(中略)

 次の文は誤りである。
 前の文は正しい。
 
全体として、これらの文はもとのエピメニデスのパラドクスと同じ効果をもっている。しかしひとつひとつは、どちらも無害であり、しかも有用でありうる文である。不思議の環という非難はどちらの文にも結びつけられない。ただ両者がたがいに指示しあうそのしかたに結び付けられる。


残念ながら私はこの本を、私のレベルでしか読むことができませんでした。読む人が読めば、もっと異なるものを、この本から引き出すことができるでしょう。そんな期待がもてる本。

野崎昭弘、はやしはじめ、柳瀬尚紀 訳
ISBN-4-8269-0025-2
白揚社 5500円 
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by silverspoonsjp | 2004-07-25 23:18 | センス・オブ・ワンダーの本

これは、不眠の本であるだけでなく、旅の本である。
不眠はこの本を書いた人間に属し、旅行は旅をした人間に属している。


こんな魅力的な序からはじまる中編小説。黄昏の雰囲気につつまれた静かな物語です。失踪した友人・シャヴィエルを探しにボンベイにやってきた男。小さな手がかりを追って、夢ともうつつともつかぬインドの夜の旅が始まります。

駅の時計が十二時を告げた。僕は眠気が襲ってくるのを感じていた。線路のうしろの公園からカラスの啼き声が聞こえてきた。「ヴァラナシというのはベナレスのことですね」と僕は言った。「聖都でしょう。あなたも巡礼に行かれるのですか」
 僕の連れはたばこを消して、軽く咳をした。「私は死にに行くのです」と彼が言った。「あと何日も生きられないのです」そう言って、彼は頭の下の枕の位置をなおした。「もう寝ましょう。あまり眠る時間は残っていませんよ。私の汽車は五時発です」
 「僕のはすこしあとです」僕は言った。
 「ああ、心配ありません。ボーイが時間に起こしてくれますよ。こうしてお会いした姿では、もうお目にかかることはないでしょう。このスーツケースではね。よいご旅行を」
 「あなたもよいご旅行を」僕はこたえた。



蒸し暑い夏の夕暮れにこの小説を手に取ると、まだ見ぬインドの喧騒に包み込まれるような気持ちがします。しかし、そのインドはどこにあるのでしょう。実際に行ってみてさえ、それは本物ではなく、私の心が映し出す影に過ぎないのかもしれない。

あるいは、旅とは元来そういうものなのかも知れません。

本作品は映画化もされており、物静かな主演のジャン=ユーグ・アングラード はこの作品の雰囲気にぴったりでした。ラストを除いては…(フランス映画ならこんなラストがお好みかもしれないけど)。
訳は須賀敦子。抑制がきいた、深みのある文章です。


須賀敦子訳
ISBN  4560070997
新書版  163p  白水Uブックス 1993年
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by silverspoonsjp | 2004-07-20 22:22 | センス・オブ・ワンダーの本
a0003079_225137.jpg本屋でぼけっと棚を眺めていたら「目があってしまった」本。
クリーム色にマット加工の表紙、細長い判型、赤と黒の本文2色刷…と洒落た造本にひかれ、中味を良く見もしないで買ったところ、読んでみてびっくり。

99章もあるくせに、中味は全部同じ話なのです。バスで乗り合わせた青年に、別の場所で出くわした、というだけ。これを手を変え品を変え、あらゆる文体を駆使してアレンジするという趣向なのです。

そんな本が面白いのか?といわれれば、それは人それぞれでしょうが、「きらきら星」だってモーツァルトにかかれば色とりどりの変奏曲になるように、技ありの書き手にかかれば、全て同じ材料だって読ませる本になるのでした。

原文のフランス語がわからないのはかえすがえすも残念ですが、日本語訳だけ読んでも十分楽しめます。ことに、訳者あとがきには、原文をどういう意図でこの日本語に訳したか、という種あかしが書いてあり、そこだけでも繰り返し読めるほどです。

「イギリス人のために」という文体の解説に載ってる、free care(古池や)の例なんか面白いですね…。

音楽や絵で、「同じ主題をスタイルを変えて創る」というのは理解しやすいですが、文章で同様のことができるとは驚きでした。

朝比奈弘治訳
朝日出版社 3398円
1996年 196ページ
ISBN4-255-96029-1
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by silverspoonsjp | 2004-07-12 22:52 | センス・オブ・ワンダーの本