本と読書をめぐる冒険


by silverspoonsjp
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カテゴリ:センス・オブ・ワンダーの本( 58 )

a0003079_234249.jpgプライベート出版社、空中線書局による、さりげない造本も洒落ている本です。

作者によれば「言語遊戯」には、暗号やクロスワードなど遊び自体が目的のもの、掛け言葉など修辞上の技巧、そして言葉を使う本人にも予想外の驚きをもたらす、「詩的遊戯」があると言います。

たとえば、ランダムに単語を選んで、そこから連想を広げる「言葉のコラージュ術」、レイモン・ルーセルが使った「類音異文」(彼の著書「アフリカの印象」Impressions d'
Afrique〈アンプレッション ダフリック〉は、「自費出版」Impression a fric〈アンプレッション アフリック〉という言葉から連想されたものだとか。)等々、上げられている例はフランス語のものですが、とても面白いです。中でも、音響詩というのは圧巻(厳密には詩的遊戯ではない)でした。「樹」を「樹」といわず、自分で作った響きのよい言葉に入れ替えてしまい、全体として、とても響きはいいけど他人には何のことだかわからない詩を作ってしまうなど、まさに遊戯の極北の例が出ています。…といっても、英語もよくわからないくせに英語の歌を聴いているときは、ただ響きだけを楽しんでるわけでして。これからは「音響詩」をたのしんでるんだと思うことにしますかね(;;)

何の変哲もない材料から金が生まれる錬金術のように、日常的な言葉の組み合わせだけで豊かな世界を創り出すイマジネーションに感動する1冊。

76ページ
2004年 
書肆啓祐堂(サイトはこちら
1500円(税込)

空中線書局の手製本展についてはこちら
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by silverspoonsjp | 2004-07-07 23:44 | センス・オブ・ワンダーの本 | Trackback | Comments(4)

毎月新聞/佐藤雅彦


日頃、いかに漫然と暮らしているかということを、徹底的に思い知らされる本。
たとえば、

左をみよ

と書いてあると、最初は皆、絵に従って右を見てしまう…(「情報の力関係」)とか。
ちょっと説教くさいときもあるのが玉にキズですが、センス・オブ・ワンダーは身近なところにあるんだなあと読むたびに感心します。

毎日新聞の中の小さな新聞として連載されていたので、「ケロパキ」という、カエルが主人公の四コマ漫画もついてます(冬眠中は別のマンガってとこも芸が細かい)。

張り紙「廊下を走るべからず」
(ケロパキ、走って先生に追いついて)
「べからずって何ですか?」

実はマンガの方が好きかも♪

毎日新聞社
ISBN4-620-3168-0
1300円
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by silverspoonsjp | 2004-05-12 23:56 | センス・オブ・ワンダーの本 | Trackback | Comments(0)
映画化されて初めて、こんな面白い小説があることを知った、という好例でございます。英国海軍の航海長兼海尉艦長(マスター・アンド・コマンダー)、ジャック・オーブリーの活躍を描くシリーズの第1巻です。

お話は、18世紀後半から19世紀初頭、英国海軍海尉ジャック・オーブリーに艦長着任の命が下るところから始まります。不遇をかこっていた彼は、ようやく自分の指揮する乗艦を手に入れた訳ですが、それからが一苦労。人足を揃えたり、積み荷を手配したり、出航までにゲッソリするほど何やかやと用事があるものだとは。映画だけ見てると颯爽と指揮を執ってる艦長ですが、陸(おか)に上がると大変なんですね。こういうディテールがワクワクさせてくれます。

第一巻は、話の展開を損なわない形で、物語の舞台となる帆船の様子が隅々まで紹介されていきます。メインスルだの棒つき弾だの次々と帆船用語が登場し、訳のわからぬ業界用語に囲まれる興奮がたっぷり味わえます。

謎めいた軍医マチュリンとの友情、船内外の人間模様も書き込まれた、骨太な作品です。原作は20巻まであり、「マスター・アンド・コマンダー」のタイトルで映画化されたのは10巻目にあたるそうです(邦題は「南太平洋、波瀾の追撃戦」)。邦訳は1,2,3(各上下)巻とこの10巻だけ。間は原書で読むしかないという凄い状況であります。以下続刊、という宣伝文句、信じていますからね!

パトリック・オブライアン著 高橋泰邦訳
ISBN 4-15-041025ー9
早川書房
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by silverspoonsjp | 2004-04-11 20:51 | センス・オブ・ワンダーの本 | Trackback | Comments(4)
 通勤電車でへとへとになったり、心ない電話の応対をしたり、嫌な目に遭うと自分の心もすさんでしまいがちです。そんな時この本を読むと、心底ほっとします。

 お話はとても単純。美しい森に囲まれた夏の別荘で働く5台の電気器具は、とほうに暮れていました。もうまる2年(時間にうるさいラジオに言わせると2年と5ヶ月と13日)も、だんなさまがお見えにならないからです。自分たちは見捨てられたのではないか…。そんななか、一番ちびのトースターが、自力でだんなさまを探そうと提案します。
 ほかの4台の電気器具-電気毛布、掃除機、電気スタンド、ラジオと共に、車輪やバッテリーを捜し出し、かれらは見知らぬ都会へと向かいます。
 さまざまな出来事や危険にさらされながらも、だんなさまに会いたい一心でがんばる電気器具のけなげさに、心を打たれずにはいられません。
 話のあいまあいまに出てくる、電気器具なら考えそうな描写も微笑ましいものです。

 でも、このお話を聞いている小さな電気器具たちにいっておきます。ぼくもまねをしてみようという気になっても、これだけはくれぐれも注意してください。電気はとても危険なものです。古いバッテリーをけっしておもちゃにしてはいけません!知らない差し込み口にけっして自分のプラグをつっこんではいけません!それから、もし自分の住んでいる土地の電圧が何ボルトなのかよくわからないときは、かならず大きな電気器具にたずねるのですよ。


 
 古い電気器具を捨てるとき、誰もが心の奥底で感じるであろう後ろめたさを解消してくれる点も、なごみ感の秘密でしょうか。長崎訓子さんによる、チャペックの本の挿絵みたいな可愛い装画もポイント高しです。巻頭や本文中の詩も含めて、浅井久志さんの訳文はとてもこなれていて読みやすいです。  

浅井久志訳 
ISBN 4‐15‐011167‐7
ハヤカワ文庫 158p  早川書房 1996年

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・パット・マーフィー 『ノービットの冒険-ゆきて買りし物語』
 なごみ系SFの代表格はなんといってもこの作品。タイトルはもちろん、『ホビットの冒険~ゆきてかえりし物語』からのもので、キャラクター設定などを借りていますが、ただのパロディとあなどってはなりません。冒険好きのあなたには絶対おすすめの1冊でございます。
いま気づいたけど、これも『いさましい~』と同じ浅井久志さんの訳ですね。
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by silverspoonsjp | 2004-03-30 23:53 | センス・オブ・ワンダーの本 | Trackback | Comments(0)
 ケイスは24歳。電脳空間<サイバースペース>デッキに脳を接続して、防御プログラムを鮮やかにかわし、データを盗む一流のカウボーイだった男。しかし、掟破りの代償として、彼は二度と電脳空間に戻れなくなっていた。いまや生ける屍となってチバ・シティの底辺を彷徨う彼に、電脳空間への復帰を餌として、危険な仕事が持ち込まれる。依頼人はアーミテジという男だが、その背後には…。
           *              *             *
 サイバーパンクSFの先がけにして金字塔、多くのSF映画は、いまだにこの小説の影響から逃れることはできていません。読みながらも、いかがわしげな未来の街角や電脳空間に没入<ジャック・イン>してしまいそうな感覚、猥雑なのにリリカルな描写、まさに麻薬的な魅力があります。
 そして、この邦訳。読みづらいところが面白いという、実に不思議な文章です。漢字とルビを駆使して、日本語の中に華麗なる仮想空間を展開しています。「冬寂<ウィンターミュート>」「迷光<ストレイライト>」「結線<ハードワイア>」など、字面を見ただけで面白そう。
 以下は、読み進めているうちに、ちょっと身震いしてしまったところ。

  少年は波打ちぎわで逆立ちし、笑い声をあげる。逆立ちのまま進んで、ぴょんと水辺から出る。眼はリヴィエラの眼だが、悪意はこもっていない。
 「悪魔を呼び出すには、そいつの名前を知らなくちゃいけない。人間が、昔、そういうふうに想像したんだけど、今や別の意味でそのとおり。わかってるだろ、ケイス。あんたの仕事はプログラムの名前を知ることだ。長い正式名。持ち主が隠そうとする名。真<まこと>の名―」
 「チューリング暗号<コード>はおまえの名前じゃない」
 「ニューロマンサー」
 と少年は、切れ長の灰色の眼を、昇る朝日に細め、
 「この細道が死者の地へとつながる。つまり、あんたが今いるところさ、お友だち」


 考えたこともなかったけど、確かにパスワードを使ってデータを呼び出すのと、真の名を呼んで悪魔を呼び出すという行為は一脈通じてるところがありますね。
 自分はいったい何者なのか、どこまでが自分といえるのか。普通の小説なら重すぎるテーマを、SFでは話の鍵として、ストーリーの中に織り込むことができます。電脳空間の中では、ケイスには肉体がありません。では、どこまでがケイスなのか?彼の感じる感覚とは誰のものなのか?
 メールやインターネットの世界に「身を置く」ことが可能になった今こそ、この作品で描かれている世界が、ようやく実感できるようになったのではないかと思います。

黒丸尚訳
ISBN 4-5-010672-X
文庫版 451p  早川文庫 1986年
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by silverspoonsjp | 2004-03-30 23:51 | センス・オブ・ワンダーの本 | Trackback | Comments(0)
  表題作の「スーパートイズ」は3章からなる中篇小説。パパとママ、クマのテディに囲まれて暮らすディヴィッドは、母に愛されようと、いつもけなげに振舞います。母モニカも、何とか彼を愛そうとはするのですが、子ども時代に永遠に閉じ込められたディヴィッドを見ると、思わず後ずさりしてしまうのでした。

 ディヴィッドは窓の外を見つめていた。「テディ、ぼくがなに考えてるか知ってる?ホンモノとホンモノでないものをどうやってくべつするの?」
 クマはいくつかの選択肢をあれこれ探った。「ホンモノはいいものだ」
 「時間はいいものなのかな。ママはあんまり時間が好きじゃないみたい。こないだ、何日もまえのことだけど、ママは時間がただすぎていくだけだって言ってたよ。時間はホンモノなの、テディ?」
 「時計はときを告げる。時計はホンモノだ。ママが時計を持ってるってことは、きっと時計が好きなのさ。手首にもダイヤルのとなりに時計をはめてるだろ」
 ディヴィッドは手紙のうしろにジャンボジェットの絵を描きはじめていた。「きみとぼくはホンモノだよね、テディ?」
 クマの目はひるまずに少年を見つめた。「きみとぼくはホンモノさ、ディヴィッド」 このクマは慰めるのが得意なのだ。


 設定よりも、セリフで読ませるタイプのSFです。御察しの通り、ディヴィッドはアンドロイド。彼は自分を人間だと固く信じていて、いつかはママが振り向いてくれることを願っている。その切なさに、読んでいるこちらの胸が痛くなるほどです。ディスクが再生する、永遠に続く心地よい夏の幻影。まやかしの邸宅。そんなものに囲まれて暮らすママは、人間でありながら、読み手にはアンドロイドのようにさえ見え、それもまた痛々しい。
 スタンリー・キューブリック監督は、この作品を長編映画に仕立てようと考えて、あれこれプランを練りました。その辺の事情が、最後に1章設けて書かれています。キューブリックはこの話を『ピノキオ』になぞらえようとし、SF大作映画の方向へ持っていこうとしていたようです。かたや原作者のオールディスは、この物語を「自分の内なるものを知らないために苦しむ」物語であり、「われわれはみな、どの程度まで機械なのか?」という問いを突きつけられ、その後に、単純な物語が残る…と考えていました。
 結局、キューブリックの死によって映画化権はスティーブン・スピルバーグに移り、2時間半の大作『A.I.』となって公開されましたが、結局、母と子の絆に話の重心が移ってしまい、ちょっと残念でした。

中俣真知子訳
ISBN 4‐8124‐0738‐9
182 x 128  363p  竹書房2001年


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・P.K.ディック 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』
 人間とは何か、自分にさえ確かにはわからなくなってくる、迷宮のような物語。 

・芦奈野ひとし『ヨコハマ買い出し紀行』
 こちらもロボットが主役の物語。ただし、本人も周りも、特に気にしていない模様。上記の文章中、キューブリックは「アメリカ人はロボットを脅威としか見ていない。ほんとうにロボット好きなのは日本人だ」と述べています。アメリカ人の方はともかく、日本人の方は当たってるのではないでしょうか。
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by silverspoonsjp | 2004-03-30 23:48 | センス・オブ・ワンダーの本 | Trackback(1) | Comments(0)

 西の岬には、気持ちのよい喫茶店「カフェ・アルファ」があります。ある日、店のオーナーは突然いなくなってしまいました。今は、緑の髪のアルファさんが一人できりもりしています。
 お店にはいろいろな人がやってきます。アルファさんは注文の品を運ぶと、自分もお客さんの向かいに座り、お話ししたりします。アルファさんはロボットですが、本人はじめ、そんなことを気にする人はいません。どこまでも広がる自然いっぱいの風景と、心優しい人々が登場する静かなストーリー。             *              *               *
 まるで『750ライダー』(の後半)を思わせる、なごみ度満点のマンガ…なのですが、物語の背景になっている土地(神奈川県?)は何かの原因によって破壊されつくした後らしいのです。文明が破壊されたあとの小さなユートピア社会という設定は、『未来少年コナン』を彷彿とさせます。
            *              *               *
 月刊誌連載なので、話はさっぱり前に進みませんが、それがまた良いんですね。嵐の日の描写。入り江での魚釣り。本の中から、虫の声や風のそよぐ音が聞こえてくるような錯覚さえ起こします。
 ただし、二度と地上には降りられない宇宙艇から下の世界を見守る、アルファさんそっくりの女性ロボットの存在や、ときどき姿を変えてしまう陸地など、なごやかな日常の裂け目に、不吉な影もちらちらと顔をのぞかせます。それが一層、残された平和を輝かせているのでしょうか。[アフタヌーンKC 講談社] 

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・萩尾望都『金曜の夜の集会』
 『半神』に収められた短編。マーモは元気いっぱいの小学生。平凡な両親、優しい姉さんと一緒に暮らしています。彼の夢は天文学者になることですが、さしあたっては背がもう少しのびること。巻き毛のセイラと釣り合うくらいに…。
 退屈で穏やかな日常の、悲しい結末を描く佳品です。
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by silverspoonsjp | 2004-03-29 20:09 | センス・オブ・ワンダーの本 | Trackback | Comments(0)
 

 押井守監督の「イノセンス」を見ていたら、いきなりこの小説のタイトルが出てきてびっくり。出版社がなくなってしまったので気軽に見られないのは残念ですが、とても面白い小説です。

 「私」は、四月始めの木曜日に、友人たちとともに、マルシャル・カントレル氏の大邸宅、ロクス・ソルス荘に招かれます。そこには美しい庭園があり、様々なオブジェが置かれていました。その一つ一つの魅力もさることながら、そこに置かれた由来も、また驚くべきものだったのです。

 私たちは中腹の路傍で、かなり深い石の龕(がん)の中に、異様なまでに古い彫像が立っているのを見た。(中略)かつては根を下ろしていたものの、今ではすっかり枯れてしまった小さな草が、右手の真中から生えていた。
 放心して道を歩いていたカントレルは、私たちの揃ってした質問に答えなければならなかった。
 「これは、イブン・バトゥータがトンブクトゥ―の真中でみた、シナ花を持つ同盟者の像ですよ」と、彼は彫像をさし示しながら言い、そのあと以下のような由来を教えてくれた。


 必要最小限に切り詰めた表現から―というか、切り詰めたゆえに、というべきか―驚くべきイメージが、次から次へと現れます。何かの思想や寓話を伝えようとするものでもなく、テーマすらないかもしれない、不思議な本。
 訳者あとがきによりますと、純粋なことば遊びから生まれた「名前」に、後から「由来」を考え出して、書かれた小説だそうです。
 展覧会の絵を順に見て回るように、言葉の力だけで作られた庭園を、こちらはぽかんと口を開けたまま歩いてゆくのです。原書で読めたら、さぞや面白いでしょうが、岡谷公二さんの端正な翻訳によって、この本を楽しめるのは有難いことです。

岡谷公ニ訳
ISBN 4-89342-059-3
214×137  285p  ペヨトル工房 1987年

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・レーモン・ルーセル著 『アフリカの印象』 白水社
 同じ著者・訳者による長編。こちらはアフリカを舞台に、前半が不思議な出来事の話、後半がその種明かしという、ミステリーのような体裁をとっています
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by silverspoonsjp | 2004-03-27 22:09 | センス・オブ・ワンダーの本 | Trackback | Comments(0)