本と読書をめぐる冒険


by silverspoonsjp
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<   2006年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

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「ユービック」…奇妙なタイトルです。何か変な機械の名前か、人の名前かしら。地名かも知れない…と期待しながらページを繰ると、第一章の冒頭に、いきなり説明があります。

みなさん、一掃セールの時期となりました。当社では、無音、電動のユービック全車を、こんなに大幅に値引です。そうです、定価表はこの際うっちゃることにしました。そして-忘れないでください。当展示場にあるユービックはすべて、取扱い上の注意を守って使用された車ばかりです。

なーんだ、ユービックって車かぁ…。特別な機能があるのか、不思議な車なのかしら…ともあれ、思っていたより平凡な展開らしいとガッカリしつつ、本文を読み始めると、一行目から唐突に、太陽系最高のテレパス(読心能力者)が行方をくらましたという尋常ならざる事態から物語が展開します。

「不活性者」の反超能力を使って超能力者を押さえ込む会社を経営しているランシターにとって、超能力者の足取りが掴めなくなることは大いなる危機です。助言を仰ぐため、彼は妻の元へと赴くのですが…

と章が変わり、また短い「ユービック」の説明が始まります。

一番いいビールの注文のしかたは、ユービックとさけぶことです。よりぬきのホップと吟味された水を原料に、完全な風味をつけるためゆっくりと醸成されたユービックは、わが国最高の特選ビールです。クリーブランドでしか作られていません。

あ、あれ…?たった10ページかそこらで車がビールになってしまいました…これは一体…。

その瞬間、こちらは見事にディックの術中にはまっています。ページから忍び寄る悪夢の予感、しかし、あまりにも巧みな語り口に引き込まれ、続きを読まずにはいられません。恐るべし、フィリップ・K・ディック!

そして私たちは出し抜けに悟るのです。私たちはすでに「ユービック」という言葉を知っている!この発見によって、読み手はさらなる悪夢の中へ-いえ、夢の中で私たちは、これが夢かも知れないなんて考えたりしないのだから、自分が生きているかどうかすら疑っている主人公ジョー・チップの状態というのは、もっと救いようのない状態なのでしょう-引きずり込まれていきます。いや、違う。自分は同じ場所に座っているのに、場所が崩壊していくんだった。

最終章で、ユービックの正体すら実は知っていたのだと読み手を愕然とさせながらも、奇妙な慰めを与えて物語は終わります。

構成の巧みさ、読み手に与えるインパクトの大きさで言えば、「ブレードランナー」というタイトルで映画化されたディックの代表作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を超える作品ではないでしょうか。作者はこうして世界を作り、作られた世界は崩壊していく。私たちが属しているこの世界はどうやって作られたのかをシミュレーションしてみせるかのように。それが「ユービック」についての私の「読み」なのですが…。

なお、本書裏カバーについている作品紹介はネタバレではないのですが、読むと新鮮さが薄れるかもしれませんので、見ない方がいいかもしれません。

フィリップ・K・ディック著
浅倉久志訳
早川書房
ISBN415010314
長編

ハードSF度   ★★☆☆☆(「竜の卵」を★5とカウント)
ファンタジー度  ★☆☆☆☆ SF(サイエンス・フィクション)度 
個人的好み   ★★★★★★(一個おまけ)

〈お好きかも〉
とんでもない設定でも一応は読んでみようという、チャレンジ精神旺盛な方
フィリップ・K・ディックのファン
ミステリーやホラーのファンでもイケるかも知れない

SFのその他のオススメ作品は、下のSFタグからどうぞ。
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by silverspoonsjp | 2006-09-24 12:33 | センス・オブ・ワンダーの本
a0003079_23195181.jpgさて、ここで一つ手強い作品に参りましょう。とは言っても、理屈っぽいSFではないので、これがファーストSF、ということでも好きな人は好きになるだろう短編集であります。

全く偶然に、収録作の「アルファ・ラルファ大通り(Alpha Ralpha Boulevard)」というタイトルに惹かれて、本も手にとってみた、というだけなのですが、作品を読む前に、まえがきですでにノックアウトされてしまいました。

コードウェイナー・スミスというのはペンネームで、本人は戦時下においてはアメリカ陸軍情報部の大佐であり、戦後は日本・中国・フランス・ドイツで少年時代を過ごし、あの孫文に「林白楽」という中国名を授けられた、という、ある意味SF的な経歴の持ち主。

「運命が決められている人々」というモチーフはカート・ヴォガネット・ジュニアの『タイタンの妖女』に通じるところがありますが、予告された通りに物語が進む運命論的な語り口は、どことなく東洋っぽいものを感じさせます。

友情や優しさ、ロマンスやハッピーエンドといった要素がちりばめられていながら、読み込んでいくうちに、社会の仕組みの冷酷さというか、組織の論理みたいなものに気づかされたりもします。

そして何といっても一番の魅力は、一種独特のセンスを持った、そのことばの遣い方です。例えばタイトルでは、先にあげた「アルファ・ラルファ大通り」の他にも、
「スキャナーに生きがいはない(Scanners Live in Vain)」
「黄金の船が-おお!おお!おお!(Golden the Ship Was- Oh!Oh!Oh!)」
など印象的なものがありますし、
何の説明もなく文中に登場する「人類補完機構(The Instrumentality of Mankind:この訳は面白いですね。「エヴァンゲリオン」にも引用されてます)「クランチ」といった用語にも惹かれます。たとえば、「アルファ・ラルファ大通り」の一節-


「それできまった」とマクトはいった。「三人でいっしょに戻ってみましょう」
「戻るってどこへ?」とわたし。
「アバ・ディンゴへ」
(中略)
「そこへはどうやって行くんですか?」とヴィルジニー。
マクトは悲しげに眉をひそめた。「道は一つしかありません。アルファ・ラルファ大通りです」ヴィルジニーが立ち上がった。わたしもそれにならった。


ここへ至るも、アバ・ディンゴって何なんだ?アルファ・ラルファ大通りって何??とはてなマークが頭の中で点灯しっぱなし。最後まで、はっきりとは説明されない用語も多数あり、いろいろと解釈できて面白いです。

とは言っても、アシモフの「ファウンデーション」同様、スミスの「補完機構」も切れ切れながら、一つのまとまった世界を形作っているので、続けて読むとそれなりにわかりはしますが…。

コードウェイナー・スミス著
伊藤典夫、浅倉久志訳
早川文庫
ISBN 4150104719

短編
ハードSF度   ★★★★☆(「竜の卵」を★5とカウント)
ファンタジー度  ★★★☆☆ SF(サイエンス・フィクション)度 
個人的好み   ★★★★★

〈お好きかも〉
意味のわからない言葉でも響きがよければ好きな方
見方によっては暗い作品でもOKな方
イメージするのも困難なほど途方もない話が好きな方

SFのその他のオススメ作品は、下のSFタグからどうぞ。
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by silverspoonsjp | 2006-09-21 23:22 | センス・オブ・ワンダーの本
皆様、こんばんはー!

このブログの目的の一つに、昔読んだ懐かしい本を再読してみたいというのがあったんですが、そこに行くまで寄り道しまくってる今日この頃、この本を読みました。

「不機嫌なメアリー・ポピンズ」…

そうです、ディズニーのメアリー・ポピンズは良くできてると思うものの、断じて許せないのは、メアリー・ポピンズが愛想が良いことなんですよ!!(力説)

幼少のみぎり原作を読んで、どっぷりハマったため、イギリスの人ってプライド高くて気取ってるんだなーそれがステキ…(あ、いえ、子供相手にベタベタしてない大人が、っていう意味で)とか思っていたのでした。

この本を読んでみると、「不機嫌」の裏には、もう少し複雑な事情が隠されていることがわかります。それが何かは本のキモなのでここでは細かくは触れませんが、保母であるメアリー・ポピンズが属するべき階級と、彼女の雇い主であるバンクスさん一家との身分差などが含まれており、確かにイギリス以外の観客(同じ英語圏とはいえアメリカではなおさら)には、忠実に映像化してみたところで、この機微は伝わらないでしょうね。

本書は、イギリスの小説に見られる登場人物の行動パターンや言葉遣いから、イギリスの階級社会を考察したものです。「エマ」「高慢と偏見」「眺めのいい部屋」「ブリジット・ジョーンズの日記」など、映画化された作品については原作と映画を併せて紹介してあるので、原作を読んだことがなくても、映画を観たことがあればかなり楽しめます。

例えば、オースティンの「プライドと偏見」。原作でも映画版でも、ヒロインの家族の下品さが彼女の幸せの邪魔をします。日本人の私は、単に「格の高い自分にあんな下品な家族が出来るなんてイヤなんだろうなー」くらいに考えてたのですが、

「ジェントルマンの家族にふさわしくない言動…品の良さは彼らが手本となるべき下層階級への責任である」

という指摘には、なるほどなと思いました。つまり、ジェントルマン(とその家族)たるもの、下の階級の者のお手本となる振る舞いができなければならない訳です。

イギリスの階級差はまず言葉に表れるそうですが、現代でもそれは同じなようで、使う単語(「何ですって?をwhat というか Pardon?と言うか)、使うモノ(スーツケースに車輪がついているか、ないか)など細かいところでいちいち気にするのだとか。

ちなみに、「Pardon?」の方が上品に聞こえますが、これはフランス語由来の言葉なので、わざわざそんな言葉を使うと成り上がりに聞こえるということでセレブの使う言葉ではないそうです…。ううーん。

逆にイギリスの作品で、まったく階級を感じさせない話し方というのはSF的とさえとられてしまうようで、「時計仕掛けのオレンジ」もわざと主人公に階級を超越した、おかしなしゃべり方をさせているそうです。

この作品、キューブリック監督の映画でしか見たことがないんですが、原作の終わりの方の筋を聞くと「トレイン・スポッティング」みたいだそうですね。一時はワルをやっていても、憑き物が落ちたように、元の階級の価値観に戻ってしまう。そういう描写もイギリスのお話らしいのだそうです。

児童文学もこういった目でみると大変面白いです。
たとえば「ハリー・ポッター」。

特に努力してる訳でもない(いじめられはするけど)ハリーがスゴイ魔法使いっていう設定が気に入らず、私自身は熱心な読者ではなかったのですが、血筋が正しくて、品が良い、なるほど、これが「ジェントルマン」ってものなんですね。逆に言うと、ガツガツ努力しているハーマイオニーは如何にも中の下って感じです。

何度もしつこくてすみませんが、この観点からいうとピーター・ジャクソン監督の「ロード・オブ・ザ・リング」は肝心なところが惜しかったなあって思えてならないのです。

地主のフロドと庭師のサムが、アメリカ英語でしゃべっちゃうのは問題外として、身分が違う二人が友達みたいに見えちゃダメだってば!言葉遣いや階級の差からくる価値観の違いが面白いのであって、そこを飛ばしちゃうと、他はどれだけ凝ろうとも、原作が一番こだわった部分が抜けちゃった感じで勿体ない。

残念ながら本書には「指輪物語」の考察はないんですけど、このように応用(こじつけ?)も出来て楽しく、手軽に読める一冊です。

新井潤美 著
平凡社新書
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by silverspoonsjp | 2006-09-19 22:36 | 人文科学の本

ぬばたまの…

展覧会を見ようと上野に出かけたら、公園の中の野球場に「正岡子規記念球場」と看板が掲げられていました。

何で球場が子規なの、と一瞬思ったけど、そういえば「野球」って日本語は子規が命名したんですよね。(←これは違うという説もあったなあと気になって調べたら、この日本語を使い出したのは子規らしいんですけどペンネームとしてで、「ベースボール」に当てはめたのは他の人らしいです。すみません)ちょうど正岡子規に触れた面白い文章を読んだばかりだったのを思い出しました。佐藤勝明先生という方が書かれた短い論文で、子規の

「久方の アメリカ人のはじめにし ベースボールは 見れど飽かぬかも」

という短歌が挙げられています。

「久方の」っていうのは枕詞で、元は何か意味があったにせよ、歌で使われているときはそれ自体には意味がないとされています。例えば、

「あおによし 奈良の都…」
では「あおによし」が、
「あしひきの 山鳥の尾の…」
では「あしひきの」が枕詞で、それぞれ後ろにある「奈良」とか「山」を導き出すために置かれた言葉だとされます。

で、この子規の歌なんですが、「久方の」は「光」とか「天(あめ)」なんかを導く枕詞なのを、同じ発音とはいえ「アメリカ人」に使っているところがナイスです。しかも「久方」っていうと、遠い感じですもんね。「遙か彼方のアメリカ人が発明した」って如何にもカッコいい。

こんな感じに、枕詞を形式的じゃなくて、ちょっとシュールに使ってみるって例が論文中に挙げられています。私が好きなのはこれ。

「ぬばたまのクロネコヤマトひっそりと君のメールをポストに落とす」(入谷いずみ)

まるでぬめぬめと生きているような「ぬばたまのクロネコヤマト」がちょっとシュールで怖いですね。「ぬばたま」は黒や闇を導くそうですから、こんなのはどうでしょう。

「川の瀬の石踏み渡り ぬばたまの 黒の乗り手は常にあらぬかも」
(本歌:川の瀬の石踏み渡り ぬばたまの 黒馬来る夜は 常にあらぬかも って同じやん…)

「ブルイネン 瀬を早みかも ぬばたまの 黒の乗り手に逢はむ夕星(ゆうづつ)」
(本歌:天の川 瀬を早みかも ぬばたまの 夜は更けにつつ逢はぬ彦星)

こういうことやり出すと、いくらでも指輪短歌が出来ちゃいそう。
 
家にあれば 6度の食事 ホビットも 旅にしあればレンバスを食う

…いえ、何でもないです。  
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by silverspoonsjp | 2006-09-09 01:14 | プチ日記
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SFは忘れたころにやってくる。
今回のオススメは「カエアンの聖衣」でございます。
どうも品切れのようなので図書館で探すしかなさそうなのが玉にキズですが、めくるめくSF小ネタアイデア満載なこの作品、ぜひ復刊して頂きたいものです。絵になる内容なので映画化しても面白そうなんだけど、ヘタするとまるでまとまりのない話になりそうな予感もする…。

原題は「The Garment of Caean」なので別に「聖」とも宗教とも関係なく、スーツの話なんですが、確かにお話の中では「聖」と言いたくなるような、特別な衣服なのです。良く、「服に着られる」といいますが、比喩じゃなく、カエアン製の服を着ると本当に操られてしまうのであります。

カエアンの文化を怖れる惑星ジアードの研究者は、服の秘密を探りだそうと調査をするのですが、一方で民間人はその魅力に抗しきれず、危険を冒してまでカエアンの難破船から衣服をくすねて売りさばこうとします。

この2つの話が、合間に、宇宙空間で敵対するUSSR人と日本人のなれの果て(ヤクーザ・ボンズって何??)の「文化はお互いに排斥する」エピソードとか、「服は人なり」というセルフ・イメージのエピソードなんかを挟みながら交差してゆきます。

そしてついに彼らはカエアンの地へ…というところまでなら、「衣服と人間の関係を描いたフィクション」ってことで終わってしまうのですが、この話はそこから先がすごい!「よくもここまで大風呂敷を広げたものだ! さすがSF!」と唸らせる展開が待っていて、タイトルから予想する内容なんか吹っ飛んでしまうのです。

惑星どころか宇宙全体を股にかけた大仰大げさなSFジャンルを「ワイドスクリーン・バロック」というそうですが、この作品は代表格。カエアンの超級スーツを着て、宇宙の果てまで行っちゃいましょう。

バリントン・J・ベイリー
早川書房
415010512X

長編
ハードSF度   ★☆☆☆☆(「竜の卵」を★5とカウント)
ファンタジー度  ★☆☆☆☆  
個人的好み   ★★★★☆

〈お好きかも〉
音楽ならプログレ!な方
杜甫より李白が好きな方
どうせやるならデカいことやりな派の方
ファッション・ヴィクテムを自認する方

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by silverspoonsjp | 2006-09-01 22:02 | センス・オブ・ワンダーの本